3章 新たな生活と関係

第1話 好きだと言うには未熟過ぎて

 高校時代の記憶が、時折冷たい風のように俺の心をかすめる。

 それは青春の輝かしい光とともに、暗く痛みを帯びた影をも投げかける——。


 あの頃の俺には、片思いの相手がいた。

 彼女は伊豆あおい。

 小中と同じ学校の、目で追いかける程度の存在から、運命の糸に引かれるようにして次第に俺の日常に溶け込んでいった。

 委員会の席やクラスの当番を共にするうちに「あ、これ運命じゃね?」と心の花畑にふけるほど。


 自分の中では相手と普通に会話もするし、特別悪い印象を与えてはないと自負していた。

 しかし、青春の脆さは、俺の経験の浅さに比例していたのだ。


 愛の告白は、躊躇いながらの勇気だったが、結果は惨憺たるもので。


「あはは、ちょっと急すぎるっていうか〜……」


 その伊豆の言葉が、俺の希望を打ち砕いた。

 だけど、優しい彼女は期待をさせるかのような言葉を告げるのだ。


「じゃあー友達でいようよ! ね、これなら仲良くできるでしょ?」


 その言葉を真に受け、俺は何かが変わることをただひたすらに待った。彼女からの一言を待ちわび、自らの勇気が欠片もないことを痛感する日々。


 そして、ある日耳にした会話が、すべての幻想を砕いた。


「そういや菊川くんに告白されたんだよねー」


 それは伊豆と友人の声。

 初めはそれが自慢話のように聞こえて、少し嬉しかった。

 何故なら、これまで俺が女子の話題に上がることなんて一ミリもない人生で、注目を浴びたという事実に高揚感を抱くのだ。


 しかし、続く彼女の言葉。


「ちょっと暗いし何考えてるかわかんない相手と付き合うわけないじゃんねー、しかも私好きな人いるし」

「え……?」


 俺の心を冷酷に地に叩きつけたのだ。彼女の無情な言葉に加え、「マジキツイよねー」と、追い討ちをかける友人の言葉が胸に突き刺さった。


 その衝撃で、数日間学校に行く気力を失った。

 いつからだろう、現実にもゲームのようなインジケーターがあれば……と、皮肉たっぷりに愚痴をこぼすようになったのは。「彼氏持ち」「告白拒否」といったラベルが人々の頭上に浮かんでいれば、こんな無様な結末を避けられたかもしれない。

 その思いが強くて、朝、布団から顔を出すことさえ躊躇われた。


 漫画やアニメの影響だが、告白されることはいつだって歓迎される。

 喜びの瞬間だと思い込んでいた。


 しかし、現実はそんな甘いものではなかった。

 愛情の告白が必ずしも歓迎されるとは限らない。その厳しい真実を突きつけられ、俺はただ茫然とするしかなかった。


「なにやってんだよ俺、これじゃまるで振られて落ち込んでるって思われたらどうするんだよ……」


 休んでいる間も、心を無にして学校に戻るべきかずっと考えていた。

 仮病を使って休学するも、両親にも心配されることが苦痛で、やがては無理にでも足を学校へと向けた。


 数日ぶりの学校はいつになく騒がしく、俺のモヤモヤした気持ちを晴らしてくれると思っていたのだ。


(あ、玉砕した菊川君だ……)

(すごいよなーよくあれで伊豆ちゃんに告白できたよな)

(だったら俺もワンチャン……!?)

(ばーか、やめとけって。でも可能性は少しだけあるかもな、少しだけ)


 戻った教室では、俺が告白したことが既に周知の事実となっていて、同情や好奇の視線が突き刺さる。

 俺は面白おかしい、伊豆たちのエンタメと化してしまったのだ。


 しかし、コミュニケーション能力に乏しい俺は、何もできずにただ机に突っ伏すのがやっとだった。

 気を紛らわしてくれる友人も少ない。

 心はもはや枯れ果てていた。


 それからというもの、俺にとって恋愛は非日常の出来事となった。

 自分の内面が輝かない限り、炎に向かう蛾のようにただ自己を消費するだけ。

 明るい光に手を伸ばすことは、ただ疲労を招くだけだ。


 そう、何度も自分に言い聞かせるのだった。

 その時の痛みが、いまだに時折、青春の思い出として心に突き刺さるのを感じながら。


『——わ、わたしっ、榛原紺はいばらこんっていいますっ!』


 あの日が来るまでは——

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