第29話 御殿場イズミ

 俺は今、畳の上で正座をさせられている。

 理由は明白。俺が紺と関係を持ってしまったからだ。


「白状しろこのロリコン豚野郎!」


 黙って足蹴にされるわけにはいかなかった。

 コイツを紹介する前に、言わなくちゃいけない事がある。


「俺は豚だがロリコンではないッ!」

「な、なんだこいつ……っ!?」


 口が少々悪く、クソガキ感があるこの女は御殿場ごてんばイズミ。

 ちなみに名前は源氏名で、配信時の名前を使っているので俺もこの呼び名を呼ばせてもらう。


 もちろん、バチャ豚の俺はこの名前で把握した。

 彼女は紺と同じVtuber事務所の同僚だ。

 登録者数20万人の人気配信者だ。

 紺と同じくトークも上手く、視聴者を楽しませるスキルが高いのだ。

 しかし、喋り方の通り『クソガキキャラ』を演じているので、アンチが湧きやすい事やファンの理解が追いつかない事が原因で、まだまだ伸びしろのある子だと認識している。


「っていっても、喋り方までリアルと一緒とは……」

「あ? なんか言ったか?」

「言ってないです」


 御殿場イズミのバーチャルの見た目はもちろん可愛い。

 だが、リアルの見た目も控えめに言って可愛かった。

 たとえば、このサラッサラな白い髪に、吸い込まれそうな青い瞳。

 そして、極めつけはそのミニマムボディだ。

 手足なんか棒みたいに細い。

 最初は、こんな華奢な身体じゃ襲われても怖くないと思っていた。


「おい、お前今どこ見て考えた?」

「何も考えてないよ」

「嘘をつくんじゃない! お前はアタシを見て『あぁ……これは眼福がんぷくでひゅ、デュフフ』とか思ってたんだろ!?」

「お前の中の俺はどうなってんの?」


 残念なのは口もそうだが、凶暴である事。

 童顔で身長は低いし胸もないことも挙げておこう。

 しかし、彼女は既に二十歳を過ぎており、紺の年上。

 そして、この容姿のせいでよく痴漢や変態に襲われていたと自分で自慢していた。


「イズミちゃん……この人は悪い人じゃないよ、離してあげて」


 紺は俺を庇ってくれる、嬉しい。

 そう言われ、イズミは弱弱しくなった。


「くっ、紺ちゃん……お前は騙されているんだ」

「そんなことないっ、シューチさんは優しい人だよ!」


 そういうのも、もちろん理由はある。


「そんなことある! コイツは紺ちゃんの素性、絹川コンを知っている。それ以上に危険なことはないっ!」


 ……ということだ。

 つまり、彼女は俺のことを危険視している。

 それもそのはず、こんな関係が外部に知られれば問題になるからだ。


「シューチって言ったな、お前はコンちゃんのファンなんだろう?」

「あぁ、ガチ推しだ」


 潔く白状すると、


「だったら潔く身を引け」


 イズミにそう告げられた。

 ……まぁ、責められることは分かっていたので、別に驚きはない。

 ただ、別れが早いか遅いかの話である。


「そうだな、紺と本当は会っちゃいけないもんな」

「やめて、そんなこと言わないで……っ!」


 紺は悲痛な声で訴えてきた。

 少々胸が痛いが、彼女の為だと思ったら俺は耐えられる。

 だが、イズミは言った。


「——会うのは良いが、変なことをしなければいいんだ」

「ん?」


 え、もしかして容認してくれている?

 さっきまで険悪な態度を出していたのに、どういうことだ。


「すまん、ちょっとよく分からないんだが」


 すると、とんでもないことを言い出した。


「別にVtuberであろうとプライベートで何をしようと自由だろ、だって私も配信外でイケボ配信者とFPSでキャリーしてもらう事なんてたくさんあるしな」

「お前それ絶対口にするなよ!?」


 サラッと炎上しそうなことを口にするので驚いてしまう。

 何となくプライベートに関しては自由だというのがイズミの主張のようだった。


「で、何が言いたいんだお前は……」


 呆れながら尋ねると、イズミは言った。


「つまり警告だ。お前はコンちゃんのストーカーで、盗撮犯で、盗聴器を仕掛けている。だから、私はお前を警戒してるんだ」

「本当に俺をなんだと思ってる?」

「違わないね、紺ちゃんの配信で『パンツの色は?』とか『ブラジャーのサイズは?』って聞いてきたことはないか」

「はっ……!? や、やめてくりぇ!?!?」


 あぁ、あれか……。

 セクハラ配信……今日だけは自由に質問していいですよ、という企画でふざけておくったことがあり、コンちゃんもそれを読み上げていた。

 確かにあれは俺の仕業だけど……。


「でも、あれは昔の話だし、ただの冗談で……」

「『パンツの色』はまだ許せるけど『ブラのサイズ』はダメだろ!? 私が傷付く!!」

「あ、はい……」


 なんだこいつ、自分が貧乳だからって紺に嫉妬してるのか?


「私はお前のことを許したわけじゃないからな! だけど、紺ちゃんが言うから仕方なく許しただけだ」

「いや、それでも十分ありがたい」

「勘違いするなよ、紺ちゃんがいなければお前みたいなクズ男なんか即刻警察に突き出しているところだからな」

「……はい」


 この子怖い。

 見た目とのギャップが激しすぎる。

 だが、本題はそうではないハズだ。

 もっと、こう……彼女の本音を知りたい。


「すまないが、そろそろどうして俺のことが許せないのか教えてくれないか」


 単刀直入に聞いた。

 すると、イズミはムッと怒りを露わにした。


「だって許せないんだ、コイツが……っ!」


 固唾を飲み込む。

 俺と紺は黙ってイズミの言葉に耳を傾けていたのだが、すごくくだらない事を言われてしまった。


「だって、最終的に紺と結婚するのは私なのに……ッ!」

「……は?」

「お前が、お前が邪魔するから……っ!!」


 後でわかるが、コイツはとんでもない思想をしていたのだ。

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