第30話 許さん

「——紺と結婚するのは私なのに!」


 この発言に俺たちは固まってしまった。

 数秒後、俺は紺に尋ねる。


「……紺、お前コイツと結婚するのか?」

「いえ……シューチさんとするつもりですが」

「すまない、まだお前の気持ちは受け取れない」


 すると紺が「なんでですかぁ!」と怒り出すがシカトした。

 当たり前だろ。


「紺はこう言ってるが、何かの間違いじゃないか?」

「そんな事はない! 私たちは永遠の愛を誓い合ったんだぞ!!」


 イズミはダンダンと床を踏みつけ怒っている。

 ここは安い賃貸なんだ、下の階の人が迷惑するからやめて欲しい。


「まぁ……それなりに話は聞いてやるよ」


 ここは年上らしく、大人の対応をしてやろう。

 そう告げると、イズミは鼻を鳴らした。


「仕方ない、お前に私たちの馴れ初めを話してやろう」

「手短に頼むな」

「あれは初コラボの配信だった……」

「本当に手短に頼むからな」


 話を聞かないイズミは、長編大河ドラマのように語るので以下にまとめる。


 半年くらい前の話だった。

 コンとイズミは初めてコラボをした時、ゲームをしていた。

 その際にイズミは言ったのだ。


 ————————————————————————


『なんだかコンちゃんとゲームするとスムーズに進むなぁ』

『これが初めての共同作業だねー♪』

『あはは、結婚するの?』

『え……本気だよ?』

 イズミ固まる。

『えっと、どうしたの突然?』

『だってイズミちゃんが振り向いてくれないから……』

『~~~っ!?』

 沈黙が走る。その流れをコンが断ち切った。

『はい、ということでね、イズコンでてえてえをしてみました~ってあれ、イズミちゃんどうしたのー?』

『~~~……っ!!』


 —————————————————————————


 と、恥ずかしエピソードがあったのだ。


 俺も視聴していたから分かる。

 あれはコンが視聴者のコメント『二人のてえてえを見てみたい』というのを拾い、ファンサービスをしてみたのだ。

 てえてえとは「尊い」のくだけた言い方。

 推しの配信者同士の関係性に対して使われることが多く、いわば『二人の百合を見せて』という風に訳したら伝わるのだろう。


 結果、イズミはコンにガチ恋をしてしまった。


「ウソだ、コンちゃんは私にゾッコンだもん!」

「あのなぁ……」

「嘘じゃないもん!! 私の言うことを信じろぉ!!!」


 泣き叫ぶ彼女。その姿はあまりにも哀れで。

 俺は深いため息をつくしかない。


「イズミちゃん……」


 黙っていられなかったのか、紺は彼女に近づくと頭を撫でた。


「大丈夫だよ。私はずっとイズミちゃんの味方だから」

「こ、コンちゃぁん……」


 紺の胸元に飛び込むイズミ。

 その姿はまるで、子供をあやすように背中をさする紺の姿は聖母のようであった。


「うぅ……ぐすっ……ごめんねコンちゃん……」

「いいんだよ。誰だって間違えることはあるんだから」

「うん……ありがとう……」


 だが、しばらくして落ち着いた後、紺は告げた。


「それじゃあこれからはよろしくお願いしますね……ビジネスの関係で」

「はい……よろしくお願いします……へ?」


 突然何を言われたのか分からず固まるイズミ。


「び、ビジネスの関係って……?」

「うん、私たちってコラボの相性が良いと思うの♪」


 紺は慈愛に満ちた笑みをしていた。


「コメントを見るとたくさんの要望があるんだよ? だから戦略として、私たちは関わっていけばいいと思うの♡」

「せ、戦略として……!?」


 膝から崩れ落ちそうなイズミ。

 まぁ確かに、二人の絡みは切り抜き動画でよくまとめられている。

 だから紺の言いたい事は分かるが……悲し過ぎる。

 もっと言い方はないのか……。


「あーイズミ」

「……話しかけんな」


 完全に拗らせていた。

 これはその辺の『察してちゃん』並みにめんどくさい。

 だけど、俺は放っておかなかった。


「お前さ、紺のこと好きなんだろ」

「……」


 無言は肯定を意味する。

 加えて、紺にも尋ねた。


「紺はイズミのこと嫌いじゃないんだよな?」

「え、そうですよ?」

「でもビジネスの関係……」


 項垂れるイズミにそうではない事を伝えた。


「相性が良いからこれっきりじゃなくて、定期的にコラボしていこうって事なんだよ」


 そう告げると、頭を上げていく。


「そっか……そうだよね……」


 涙目になるイズミ。

 ここでようやく気付いたのか、それを慰めるように接する紺。


「あっ……もちろんだよ! それに、こんな可愛いイズミちゃんのこと嫌いになるわけないじゃん♪」

「えっ? ほんとう!?」


 イズミにとっては救いの言葉だった。

 だが、紺は一言余計なことを告げてしまう。


「うんっ! ただ、恋愛対象としては見れないだけだよっ♪」

「それはそれでッ! 傷付くよぉぉぉぉぉぉ~~~~っ!!!」


 紺は、上げては再び落とす。

 再び大声で泣き出す彼女に俺は呆れるしかなかった。





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 いつも読んで頂きありがとうございます。

『ビジネスの関係』のネタは「みこめっと」で検索して頂ければ出てくると思います(ホロライブの布教)。

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