第28話 お別れという名の茶番

 私、榛原紺はいばらこんは布団でくねくねしていた。

 こんな姿、配信外では見せられない……と思ったけど、普段から規則正しくない生活を送っていると喋っているから大丈夫かもしれない。

 だけど、シューチさんにはだらしないなんて思われたくないな。


「ふぁぁ……まだちょっと眠いかも……」


 なので私は毛虫の脱皮のように、布団から出てきた。


 ……良い朝だった。

 そう思えるのは、昨日の配信は上手くいったおかげだ。

 視聴者がいつも以上に多かったのは達成感がある。


 今日はオフの日だから、ついつい頑張ってしまった。

 おかげで今になって疲れが出てきている気がする。


「でもこの疲労感が良いんだよね」


 疲れた体を引きずってシャワーを浴びる。


「ふぁぁ……染みるぅぅ……」


 年寄りみたいな声を出してしまう。

 私がオバさんになっても、シューチさんは配信を観てくれるの?

 なんて、有名な昭和曲の替え歌を作ってしまう。

 最近他の同業の方が歌ってたけど、すごく切ない曲だよね。朝から胸が締め付けられる。


 アバターだけは永遠の17歳。


「き、絹川コンは今日も可愛い……っ!」


 慣れない台詞とともに、頭から熱い湯をかぶると目が覚めてきた。


「よしっ! 頑張ろう!」


 気合いを入れ直して体を拭いて服を着た。

 そして朝の準備に取り掛かる。


 今日はシューチさんに料理を教える日だ。

 シューチさんは意外とダメな人。

 私がいないとまともな食事をしてくれない事を知り、私は嬉しくなった。


『好きな人に美味しいご飯を食べさせてあげる』


 それが私の小さな夢でもあった。

 だからこそ、気合も入ってしまう。


「えっと……確かここにしまっておいたはず……」


 クローゼットの奥の方にあった箱を取り出す。

 これは大事なものが入っていて、中身を取り出して手に取った。


「うわー可愛いなぁ……」


 それはエプロンだった。

 けど、ただのエプロンじゃない——勝負エプロンだ。

 最近のエプロンはデザインに凝っている物が多く、このエプロンも可愛らしい花の刺繍が入っている。

 これを着けたらきっと、私はもっと魅力的になるだろう。

 そんな予感があった。


「さて、準備準備……」


 早速着替えてみた。

 鏡の前でくるりと回る。

 ……うん、完璧だ。

 今日のコーデは白シャツにベージュのベストを着ている。そこに黒のスカートを合わせていた。


「これなら大人っぽく見えるかな?」


 少し背伸びをしている気分になった。

 だけど、これでシューチさんの心を掴む事が出来るはずだ。


「待っててくださいね、シューチさん♪」


 彼が起きてくる時間まではもう少しあるだろう。

 彼は早起きだが休日くらいゆっくり休んで欲しいと思う。そんなことを考えていると、テーブルに置いていたスマホが震え始めた。

 着信相手を見ると『菊川周知』の文字が表示されていた。


「し、シューチさん……っ!?」


 突然の着信に驚いたがすぐに通話ボタンを押した。


「はい、もしもし……紺です」


 電話の向こうからは息切れするような音が聞こえた。

 何かあったのだろうか? 心配していると、彼は静かに喋り始める。


『すまない……紺……』

「ど、どうしましたか?」


 彼の暗い口調に思わず聞き返す。

 すると、信じられない言葉が出てきたのだ。


『俺……もう死ぬかもしれない……』

「えぇぇっ!?」


 驚きの声を上げると同時に、心臓がドクンッと跳ね上がった。

 だって死んじゃったら一緒に居られなくなるんだよ? それは嫌だよ……。

 でも、どうして? なんで? 何が起こったの?

 頭の中はパニックになりながら、必死になって考えた。

 でも答えは出ない。だから私は聞いた。


「何があったんですか? シューチさん!」


 そう言うとシューチさんは語り出した。


『端的に話す、もうお前とは会えない、会っちゃいけないんだ……』


 それはファンと配信者の関係だから?

 もうそんな言い訳聞き飽きた、聞きたくない! 

 そう思った瞬間には叫んでいた。


「シューチさんっ!! お、お腹空いてますよね……っ!!」

『……』

「ねぇ、どうして応えてくれないんですか? 理由を教えて下さいよ……」


 問いかけてもシューチさんは黙っている。

 だから、私は決意した


「……会いに行きます」

『なっ! バカッ、来るな……ッ!』


 ——プツッ。

 私はそれだけ伝えると、一方的に通話を切る。

 そして部屋を出て鍵をかけた。


「私のご飯、美味しいって言ってくれたじゃないですか……!」


 涙声になっているのが自分でも分かる。だけど止まらなかった。

 こんなにも彼を好きだったんだ。そう思うと、また泣いてしまう。


「今日のご飯は、どうするんですか……っ!」


 私はシューチさんの家に走り出していた。

 来るなってことは、家にいるに違いない。

 理由は分からないけれど、きっと言えない事情があるのだ。

 だから全力疾走して向かう。

 アパートが見えてきて階段を駆け上がる。

 扉の前まで辿り着く頃には、肩で息をしていた。


「はぁ、はぁ……シューチさん……」


 そしてドアの前に立つ。

 インターホンを押す前に深呼吸をした。

 覚悟を決めてボタンを押すと、 チャイムが鳴った。

 ドキドキしながら待つ。

 しかし、返事はない。


「……お願いだから……私を独りぼっちにしないで……」


 扉に訴えるも、何も言ってくれない。

 私は諦めかけた——その時だ。

 ガチャリとドアノブを回すと扉が開いた。


「あれ……?」


 鍵が掛かっていなかったのだ。

 おかしいなと思いながらも、私は中に足を踏みいれると奇声が聞こえてきた。


「や、やめてくれっ……! お願いだから……っ!!」


 シューチさんの声だった。

 何かにうなされているのか、私は心配ですぐさま駆け付けた。


「——俺は社会的に死んでしまうッ!!!」

「……ん?」


 シューチさんが布団で簀巻すまきにされていた。


「あぁん!? このロリコン野郎がッ! テメ、誰の許可なしにコンちゃんに手ェ出してんだ、コラッ! んのヤロッ!!」


 彼の上に乗って暴言を吐いている女の子。

 私はその子に見覚えがあった。


「……御殿場ごてんばちゃんなにしてるの?」


 それと、私のシリアスな空気を返して欲しかった。

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