第27話 衝突

 仕事帰り、先輩と会社を出た。


「お疲れ様、大変だったね」

「そうですね」


 今日も大量の仕事を終わらせヘトヘトだ。

 これはもう帰ったらコンちゃんの配信を観て癒されなければ。


「あれ、今日は機嫌がいいね」

「……え、そうですかね?」

「顔に出てたから」


 確かに仕事から解放されて、明日も休みだし嬉しい。

 けど、そんなに態度に出るものだったかな。

 まさか紺と会うから……なんて、そんなわけないよな。


「気のせいだと思いますよ」


 だから俺は否定した。すると先輩は俺をジッと見つめてくる。


「本当? 私には違って見えるよ」

「本当に違いますって」

「……ふーん」


 なんだろう、この疑われているような感じ。


「まぁ明日は休みだもんね、それに比べて私は仕事。あぁ嫌になっちゃうな」

「いいじゃないですか、仕事は先輩の恋人みたいなものでしょう」

「デリカシーがないね」

「先輩にはこれまで散々やられましたからね」


 ムスッとしつつも、どこか楽しんでいるように見えるのは気のせいか。


「じゃあ帰りましょうか……ん?」


 すると、先輩は俺の袖を掴んだ。


「……先輩?」

「私と飲みに行こうよ」


 直球過ぎてびっくりした。

 枕詞や、何の飾り気のない言葉すぎて。


「あの、先輩明日仕事じゃ」

「お酒に強いの知ってるでしょ、それにキミは明日休みだし」


 確かにそうだけど、明日は紺と約束してるしな。


「やめておきます」

「もしかしてあの子かな?」


 丁重に断ろうとしたら紺の名前が出てきてドキッとする。

 これ以上あんまり親密な仲だと思われるのはよろしくない。


「そういうのじゃないですよ」

「またまた照れちゃって」


 淡々と俺を詰めてくる。

 なんか変な雰囲気だ。

 いつもの先輩とは少し違う気がする。


「ねぇ、いいでしょ?」


 安穏とした口調、澄んだ声で尋ねてくる。

 そして、彼女は上目遣いで俺を見てきた。

 ……これ断りにくいな。


「分かりましたよ……けど、今度違う日に埋め合わせさせてください」


 すると、おもむろにイヤそうな顔をする先輩。


「どうせなら今日行こうよ」

「えぇ……」

「だって今日行かないとキミ逃げるかもしれないじゃん」


 まるで心を読んでいるかのように的確に当てられた。

 確かにその通りかもしれない。


「逃げませんよ」

「ほんとかしら」


 先輩は疑り深い視線を送ってくる。

 こっちとしては早く帰って寝たいのだが……。


「逃げないから、今度有給を使った時に行きましょう。約束ですよ」


 渋々了承したら、パァっと明るくなった。

 さっきまでの不機嫌そうな表情はどこへ行ったのかと思うほど。

 でも、なんだかんだでこういうところがあるから憎めないんだよな……。


「うん約束、絶対に行こうね」


 そう言って、俺の前に立つ。


「じゃあ今日はここまでで、帰り道は気を付けてね」

「先輩こそ酔っぱらって地べたで寝ないようにしてくださいね」

「そんなテンプレの酔っ払いみたいなことしないよ」


 そして、最後にこう告げた。


「最近は不審者がいるって話だからね、じゃあね」


 不穏なことを言い残し、駅のホームへ向かって行った。

 イヤなことを思い出さされた……。

 ここ最近、帰り道で妙な気配がするんだよな。


 だが、気にするなとばかりに頭を振り、俺は岐路に着く。

 この時から既に、俺は見張られているということを微塵も感じてはいなかった。


『あ、あいつ……っ、また別の女をはべらせてっ……ゆ、許せん……ッ!!』



 …………………………………………………………………………



 安息の時間も束の間。

 今日も後方から誰かの気配がした。視線も感じる。

 しかし、俺は後ろを見ずに歩き続けた。


「……」


 しんどい……眠い……。

 今日も遅くまで仕事をしていたせいで、疲労が半端じゃないのだ。

 そんな時にこの状況、最悪すぎる。


 万が一襲われでもしたら抵抗出来るだろうか、思考を働かせることが出来るだろうか。

 そんな不安がのしかかる。


「……はっ!?」


 それは一瞬の出来事だった。

 俺が疲労で気を取られている隙に、背後にいた人物が俺の前へと回り込んで来たのだ。

 そこでようやく俺は立ち止まり、前を見た。


「だ、誰だ……?」


 そこには黒の外套がいとうまとった女がいた。

 だが、見た目は十代後半といった感じだろうか……どこか若さが滲み出ている。

 身長は150cmくらい。細身でスタイルが良く、顔つきも整っている。

 その女性がこちらを見て微笑んでいた。


「こんばんわ」

「……どうも」


 挨拶してきた女性に対し、素っ気なく返す。

 正直なところ早く家に帰らせて欲しいのだが……。


「お前、疲れてるみたいだな」

「……っ!」


 そう言って彼女はクスッと笑った。

 確かに今の俺は疲れ切っており、自分で見ても酷い顔をしていると思う。

 それを狙ったということか?


「見ず知らずの女性に心配される筋合いはない……目的はなんだ」

「私ならあなたの悩みを解消してあげられるかもしれないぞ? どうだ、試してみる気は無いか?」


 彼女は俺の顔を見ながら意味深なことを口にする。

 悩みを解消するとはどういうことだ。それにしても何なんだこの子は。


「悪いけど急いでいる——」

「ダメだ、逃がさないぞッ!」


 すると、ダッシュでこちらに向かってくるではないか。

 俺は身体に鞭を打ち全力で逃げた。


「はっ、はっ……なんだこの状況……っ!」


 ヤバイ奴に追いかけられている、それは間違いない。

 どうしてという疑問ばかりが頭に浮かぶ。

 だが、それも徐々に薄れて危機回避の為だけに身体は動いていく。


「あっ——」


 周りを見ていなかったせいか、俺はコケてしまった。

 その時に上に覆いかぶさるように乗られる。


「ひっ……!?」


 ギラリと光る物が手に見えた。

 殺される、ヤバイ……と思ったら俺の顔の横に何かが突き刺さった。


「ふぉ、フォーク……!?」


 だが、俺に敵対心があることは間違いない。

 すると女は俺の胸倉を掴み、顔を引き寄せ言った。


「この野郎……っ、私の紺を盗るんじゃないわよっ!」

「え?」

「この泥棒猫ッ!!」


 軽く話を聞いた。

 参った、俺は猫さんだったのか。

 そんな感想が出てくるくらいには茶番だと分かった。

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