第13話 マジカル・ユメハ

「シューチさん……私と一緒に配信、やってくれないかしら?」


 夢羽の口から出た突然の提案に、俺は思わず目を丸くした。


「え? 配信って……俺が?」


 聞きたいことが山ほどあったが、まずは確認すべき最も重要な点を問いただす。


「お前もVTuberやってるのか?」


 俺の質問に、夢羽はニヤリと笑みを浮かべながら頷いた。


「ええ、そうよ。私はこのマンションの平和を守る魔法少女として、ネットの世界でも活動しているの。知らなかったかしら?」

「いや、知らなかったって……お前、どんな名前でやってるんだ?」

「それはもちろん、『マジカル・ユメハ』よ。闇の結界を張り巡らせ、視聴者たちに闇の力を伝える使命を持ったVTuberなの」

「マジカル・ユメハ……?」


 名前を口にした瞬間、首をかしげる。

 すると、夢羽が自身のチャンネルを俺に見せてきた。


「本当だ……もしかして、この謎めいたキャラで人気を集めてるのか?」

「そうよ! あなたも私のファンだったかしら?」

「いや、ファンっていうか今日初めて知った」


 夢羽が胸を張る姿に、俺は軽い頭痛を覚える。

 この突拍子もない性格が、配信でもそのまま出ているのだろうか。

 俺もスマホを片手に調べてみた。


「……コメント欄が妙に『世界観が濃すぎる』って言われてないか?」

「そう。それこそが私の狙い。視聴者たちは私の闇の力に魅了され、結界の中で平和を享受しているわ」


 夢羽が堂々と語るその姿は、どこか誇らしげだった。

 俺は呆れながらも、少しだけ感心してしまう。


「まあ……確かにお前のキャラは強烈だし、他にいないタイプだよな」

「ふふ、そうでしょ? だからこそ、あなたに協力してほしいの」

「お、俺に……!?」


 困惑しながらも尋ねる。


「そうよ。あなた、ネットで有名人になったんでしょ? 紺さんのファンだけじゃなくて、あなた自身にもファンがついてるじゃない」


 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

 夢羽は杖のような傘を掲げながら、自信満々に言い切った。

 その言葉に、俺は若干戸惑いを隠せない。


「いやいや、有名人って……俺はただの一般人だぞ?」

「紺さんの動画であなたが出るとき、コメントの数が明らかに増えるのを知らないの?」

「知らないが……?」


 そう言うと、夢羽はため息をつきながらスマホを取り出し、紺の動画を見せてきた。


「これを見てちょうだい。ほら、この動画のコメント欄」


『シューチさん最高!』

『もっと出てほしい!』


「——とか、そういうコメントばかりでしょ?」


 少々恥ずかしい気持ちになりながら答える。


「……本当だ」


 画面には俺の映像が映っていて。

 確かに、コメント欄には俺への好意的な言葉が並んでいる。


「だからこそよ。あなたとコラボすることで、私の活動ももっと広がるはず」

「なるほどな……じゃねえよ、嫌に決まってんだろ」

「私、かれこれ3年はやっているのだけど、伸び悩んでいるの。コンちゃんは憧れの対象だわ。そんな子に近付きたいの」


 その言葉に感化されて、俺はつい尋ねてしまう。


「まぁ……でも、俺とコラボして何をやるつもりなんだ?」


 俺が問いかけると、夢羽は意味深な笑みを浮かべた。


「もちろん、魔法少女の力を皆に広めるためよ」

「いや、真面目に答えろよ」

「私は終始、一貫して真面目に答えているつもりよ」

「その魔法少女って……まだその設定続けられると話が理解しにくいんだよ」


 俺がツッコむと、夢羽は真剣な表情を浮かべた。


「設定じゃないわ。本気よ」


 その言葉の力強さに圧倒される。

 ……性格だから仕方ないのだろうか。


「そっか、本気なのか……」


 俺は肩をすくめながら考えた。

 この夢羽という人物、確かに普通の感覚では計り知れない部分があるが、妙に憎めない。

 しかも、彼女の熱意は伝わってくるから余計にだ。


「でも、俺が配信に出たところで、そんなに効果があるとは思えないぞ?」

「そんなことないわ。紺さんの動画で証明されてるじゃない。あなたの素朴さと、私の華麗な魔法少女っぷりの組み合わせで、新しい化学反応が起きるはずよ」

「華麗って……」


 俺は肩を落とし、呆れながら夢羽の提案について考える。

 正直、興味がないわけではない。ただ、自分がVTuberのカメラの前に出て、彼女の世界観に付き合うのかと思うと少し気が引ける。


「で、どうかしら?」


 夢羽が期待に満ちた目で俺を見つめてきた。

 断る理由を考えようとするが、彼女の情熱的な視線に負けそうになる。


「まぁ、紺には相談してみるけど……それでいいか?」


 俺がそう言うと、夢羽の表情が一瞬曇った。

 そして、次の瞬間には鋭い声が飛んできた。


「だ、ダメよ!」

「……え?」


 夢羽の突然の拒絶に、俺は思わず首を傾げる。


「いや、ダメってどういうことだよ? 紺に相談するのは普通だろ?」

「普通かもしれないけど、これはあなたと私の問題なの。紺さんが知ったら、余計な誤解を招くかもしれないじゃない」

「誤解って……何を誤解されるんだよ?」

「紺さんが口を挟んだら、きっと『こんな危ない企画やめて』って言うに決まってるわ。だから、これは二人だけの秘密にしないと」

「危ない自覚はあるのかよ!? いやいや、ちゃんと言わせてくれよ」


 俺が半ば呆れながら尋ねると、夢羽はどこか困ったように口をつぐむ。

 そして、ため息をついてから言葉を続けた。


「あなたはまだ気付いてないのね。紺さんはあなたを独り占めしたいと思っているわよ」

「えっ?」


 その言葉に、俺は目を見開いた。

 確かに紺は彼女だし、彼氏である俺が誰かに取られていたら……でも、これくらいで嫉妬して取られると思うだろうか、ちゃんと許可貰うわけだし。


「それに、もし紺さんに相談して『私も一緒に出る!』なんてことになったら、私の魔法少女としての存在感が薄れるじゃない」

「いや、存在感ってそこかよ」


 なんだか話が行ったり来たりしているようだが、夢羽はどうしても俺とコラボしたいようだ。


「シューチさん、このコラボは私とあなたの二人だけでやるべきなの。それが一番効果的だし、私のファンもあなたのファンも喜ぶはずよ」


 夢羽の言葉には、妙な説得力があった。

 確かに、紺が加わることで夢羽の世界観が崩れる可能性もある。

 だが、それでも俺一人で彼女の配信に出るのはどうなんだろうか。


「でもさ、紺には隠し事はしたくないんだよな。後でバレたら、逆に面倒になるだろ?」


 俺がそう言うと、夢羽は小さくうなずいた。


「その気持ちは分かるわ。でも、こう考えてみて。これはサプライズよ」

「サプライズ?」

「そう。紺さんには秘密にしておいて、完成した配信動画を見せるの。きっと喜ぶわ」

「……なるほどな」


 夢羽の提案に、俺は少しだけ納得しそうになる。

 確かに、紺にとって意外性のあるプレゼントになるかもしれない。


「それにね、シューチさん。あなたも紺さんに頼りすぎない方がいいわ。自分の力で新しいことに挑戦してみるのも大事よ」

「俺が……自分の力で?」

「そうよ。紺さんがいなくても、あなたにはあなたの魅力があるの。私が保証するわ」


 夢羽が自信満々に言い切る。

 その言葉に、俺は少しだけ心が動かされた。


「分かった。とりあえず、今回だけはお前の言う通りにしてみるよ」

「ふふ、ありがとう。期待してるわね」


 夢羽が満足そうに微笑む。

 その笑顔を見て、俺は少し不安を抱きつつも、この提案を受け入れることにした。

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