第12話 ファミレスにて

 今はちょうど良いお昼時。

 ファミレスの窓から差し込む日差しが、テーブルを優しく照らしている。


「さて、お手柔らかに頼むよ。こういう場に来るのは久しぶりだから」


 俺は軽く会釈をしながら、目の前の二人、茅ヶ崎碧と厚木夢羽にお願いした。


「こちらこそよろしくお願いします! 私、こういうファミレス、大好きなんですよ~♪」


 碧は元気よく笑いながらメニューを手に取る。

 よくある間違い探しをみながらはしゃいでいた、


「私は……まぁ、たまにはこういう場もいいわね」


 夢羽は杖のような日傘を横に置きながら、どこか怪しげな微笑みを浮かべている。


「しかし、まさかこんな形で俺がマンションの住人と一緒に飯を食うことになるとはなぁ……」


 周りからみたら、この3人は釣り合いの取れていないメンツに見えるだろう。

 俺が苦笑いを浮かべると、碧がにこにこと笑顔を向けてくる。


「いいじゃないですか! だって私たち、同じマンションの住人なんですよ? 仲良くしないと!」

「いや、仲良くするのはいいけど、俺そんなに社交的じゃないんだよな……」

「そうなんですか? でも動画とか見てると、シューチさん、めっちゃ面白いですよ!」

「動画?」


 俺が首をかしげると、碧は勢いよく頷きながら続けた。


「そうですよ! 私、前からコンちゃんのファンだったんです。コンちゃんの動画で出てるシューチさんの話、最高に面白いじゃないですか!」

「いや、それは……別に狙ってやってるわけじゃないんだけどな」

「だからこそいいんです! 自然体っていうんですか? シューチさんの日常がそのまま話題になると、めっちゃ面白いんですよ!」

「そ、そうなのか……?」

「はいっ、だから私もシューチさんのファンなので特定された住所へ探しに行こうと思いましたから!♪」

「それだけはやめてくれ!?」


 だが、碧の熱烈な言葉に、俺は困惑しつつも少しだけ嬉しさを感じていた。

 ファンだと言われるのは悪い気分ではない。


「ちなみに普段って、どうやって時間を過ごしてるんですか?」


 碧が興味津々に尋ねてくる。


「普段は……まぁ、仕事してるか、家でゴロゴロしてるだけだな」

「ゴロゴロ! いいですね~! そういうところも含めてファンになったんですよ!」


 いや俺は外をぶらつく野良猫か。


「夢羽はどうなんだ?」


 碧がますます嬉しそうに笑う横で、夢羽が静かに口を開いた。


「私は普段……このマンションの平和を守っているわ」

「平和って……あれか? 結界のやつか?」

「そうよ。このマンションにはいろんな脅威が潜んでいるから、それを未然に防ぐのが私の使命なの」


 夢羽が得意げに杖を掲げる。

 その様子を見て、碧が目を輝かせながら尋ねた。


「すごい! 夢羽さんって、そういうキャラでやってるんですか?」

「キャラじゃないわ。本気よ」


 夢羽が神妙な顔で言い切ると、碧は驚きつつも感心した様子で頷いた。


「なるほど……深いですね! 私も夢羽さんみたいに、何か一つのことに打ち込んでみたいなぁ」 

「貴女には明るさがある。それも立派な力よ」

「ありがとうございます!」


 まるで漫画のようなやり取りを繰り広げる二人に、俺は再び苦笑いを浮かべる。

 料理が運ばれてくると、会話はさらに弾んだ。


「それで、碧は普段何をしてるんだ?」

「私ですか? 私は今、大学生なんですけど、結構バイトが多いですね~。あと、暇な時は動画見たり、ゲームしたりとか!」

「普通の学生らしい生活だな」

「そうなんですかね? でも、私にとっては結構楽しいですよ! で、シューチさんは?」

「俺は……まぁ、家で紺に振り回されることが多いかな」

「え、振り回されるってどういうことですか?」


 碧が身を乗り出してくる。どうやら紺との関係について詳しく知りたいらしい。


「例えば……急に動画撮影を始めたり、変なエプロンを着せられたりとか……」

「えっ、そんなことまでされるんですか!?」

「まぁ、刺激があって楽しいと言えば楽しいけど」


 これ以上言うと誤解をされるかもしれないので、止めておこう。

 碧が驚きながらも笑いをこらえているのを見て、俺はますます恥ずかしくなった。


「だから、あんまり目立つことはしたくないんだよな」

「でも、それが逆に魅力なんですよね! 紺ちゃんの動画見て、私もそう思いました!」


 碧の言葉に、俺は少しだけ照れ臭さを感じながらもうなずいた。

 そんな中、夢羽が再び口を開く。


「だったらシューチさん。紺さんがいない時にこそ、自分の新しい一面を探してみるべきだと思うわ」

「新しい一面って……例えば?」

「例えば……私と一緒に闇の力を高める活動をするのはどうかしら?」


 夢羽が真剣な表情で言ってくるものだから、俺は思わず吹き出しそうになった。


「いや、それは遠慮しておくよ。俺にはそんな力ないからな」

「そう……それは残念ね」


 夢羽が少しだけ肩を落とす。

 その横で、碧が笑顔でフォローに入った。


「でも、夢羽さんの話、すごく面白いです! また聞きたいな~!」

「本当? それなら、いつでも呼んでちょうだい。私はこのマンションの守護者として、常にここにいるから」


 夢羽の言葉に、碧は「頼もしい!」と拍手を送る。俺はその様子を横目で見ながら、何となくこのメンバーとの交流が悪くないと思い始めていた。


 食事を終えた後、店を出る頃には、碧と夢羽のやり取りにすっかり引き込まれていた。


「また遊ぼうね! シューチさん、夢羽さん!」

「まぁ、暇があればな」

「いつでも私は準備万端よ」


 笑顔で手を振る二人を見送りながら、俺は微笑む。

 なんだか良い連中だったなと、踵を返そうとすると夢羽が戻ってきた。


「ん、どうしたんだ夢羽」


 すると、いつになく真剣な表情でこう言うではないか。


「シューチさん……私と一緒に配信、やってくれないかしら」

「はい?」

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