第27話 記念撮影
その後、俺たちはまだ乗っていないアトラクションに乗ったのだが
「う、うぅ……気持ち悪いですぅ……」
今日初めて知ったのだが、紺は乗り物系全般弱いことが分かった。
だけど、身体を張って動画を撮ろうとするので俺は何度も止めに入る。
それでも彼女は止まらない。
「こっちの方がもっと楽しめるぞ」
「いいですね、行きましょう~!」
そこで、代わりにパーク内のテーマエリアへと誘導することに決めた。
園内のヨーロッパ風の街並みは、晴れ渡る空の下で格別の美しさを放っていた。
細かく設計された建築物、色とりどりの花々、間欠泉の噴水が景色を一層映えさせている。全てが絵画のように美しく、訪れる人々の目を楽しませていた。
その美しい光景に心を奪われた紺は突然、提案をしてきた。
「シューチさんっ、ここで写真撮影をしたいですっ♪」
確かに、この風光明媚な背景で彼女の姿を写真に収めれば、素敵な思い出になるだろうと考え、俺は快く承諾した。
「写真良いな、じゃあどこで撮る?」
彼女の目が輝きながらも、はっきりとした場所を指差した。
「ここで撮りたいですっ!」
と、声を弾ませる。
俺の視線がその方向へと移ると、そこにはピンク色にペイントされた愛らしいデザインの車があった。それはまるで花で飾られたかのように鮮やかで、紺が選んだロケーションは完璧だった。
「どの方向で撮ろうか」
「うーん、やっぱりこの角度からでしょうか」
「了解、じゃあそこに立ってくれ」
「ポーズはどうしますか?」
「普通のでいいんじゃないか? ピースとか」
「なんでさっきから他人事なんですか?」
「……ん?」
紺は少し不満そうに顔をしかめるので、俺は思わず問い返した。無意識のうちに出た返答に、彼女が何を求めているのかを理解しようと努めた。
「一緒に撮ろうって言ったのですが?」
「はい?」
少しだけ声が裏返りそうになった。
「いや、紺一人で撮るんじゃないのか?」
「何を言ってるんですか、せっかく一緒に来たのに勿体ないじゃないですかっ」
俺が入ると写真が勿体ないことになりそうで嫌なんだよな。
撮るのは可愛い女の子だけで十分だ。
「恥ずかしいから一人で撮るよ」
そうありきたりな言い訳をしてカメラを回そうとするのだが
「私と一緒に映るのが恥ずかしいのですか?」
「い、いやそうじゃなくって……」
「私が一緒に撮りたいっていうのに嫌がるんですか?」
尋問を受ける俺は、次第に回答がしどろもどろになっていく。
そうしていると、彼女に腕を引かれて強引に隣に立たされた。
「思い出を作りましょうよっ、シューチさん!」
「お、思い出な……」
そして、紺が斜め上からスマホをかざして俺の横にぴったりとくっつく。
「ほらもう少し寄ってくれないと映らないですよ~」
「こ、これくらいか?」
「さっきと変わってないです、もういいです私から近付きますから!」
少しくすぐったさを感じながら、紺の合図を待った。
「いきますよー、はいご逝去~」
「いきますよの意味が違う」
パシャ。
カメラのシャッター音が響き渡り、一瞬の静寂が訪れた。
流行りの声掛けなのか、思わず「その謎の掛け声なんだ」と聞いてみたが、紺はシカトして写真を眺める。
「撮れちゃいましたね~♪」
紺の声が弾んでいる。
彼女のこの満足げな様子を見ると、俺も思わず口元が緩んだ。
「そうだな」
「じゃあ、記念にもう一枚撮りましょうよ!」
これをもう一枚……?
恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだ。
「今度はシューチさんが撮る番ですよ~♡」
そう言って彼女は俺の腕を引いて強引に写真を催促する。
俺はカメラを起動し、シャッターを押す前に紺へ確認した。
「じゃあ撮るけど、さっきみたいな掛け声はナシな」
と前置きすると、紺は甘く笑う。
「は~い♪ ……あ、やっぱりダメです」
「もう遅い、はい撮るから——」
「もうシューチさんってばっ!」
パシャッ! と音が鳴ると同時に、紺が全面的に俺に抱き着いてきた。
腕とかいう部分的ではない。
「な、何してるんだ!?」
驚きのあまり声が裏返りそうになる。
しかし、紺はそんな俺をよそに、「ふふっ、良い写真ですねぇ♪」と満足げに画面を確認していた。
その画面には、俺の驚いた顔と紺の満足そうな笑顔が映し出されており、背後にはカラフルなアトラクションが美しく配置されていた。
そして、もう写真撮影が終わったハズだというのに
「……なぁ」
「何ですか?」
「何で抱き着いてるんだ?」
まるでクマのぬいぐるみを離さない少女のように、あどけない表情を見せる。
「だって写真撮るとき、こうでもしないと上手く映らないじゃないですか」
確かにそうだが、その理屈はおかしい。
その言葉に、俺は半信半疑のまま尋ねた。
「もしかしてまだ撮るつもりなのか?」
「もちろんですっ、私の気が済むまで何枚でも撮りますっ」
「だからってこれはだな……」
紺は即座に言い切った。その瞬間、彼女の真剣な眼差しが俺を捉え、俺は少しの間、その熱意に押され気味だった。
早く解放して欲しいと思いつつも、なかなか逃れる事ができない。
追い打ちをかけるように紺は言う。
「それにシューチさんなら私を突き飛ばしたりしないでしょうし♪」
「それはそうだけどさ……」
彼女は俺を強く抱きしめている。
だけども、看過できないモノがあった。
「お、おい紺」
「何ですか?」
「そ、その……当たってるんだけど……」
そう指摘すると彼女は自分の胸を見下ろしてから俺の顔を見た。
そして、少し恥ずかしそうにしながら俺にこう呟く。
「……当ててるんですよ♪」
おふざけで言っているのかと思いきや、彼女の顔は真剣だった。
「いや、え? なに言ってるんだよ」
「良いじゃないですか~シューチさんが分かってくれないなら理解らせるまでですっ」
そう言って彼女はさらに身体を寄せてくる。
俺は紺を引き離した。
「わ、わかったから身体で誘惑してこないでくれ……」
「本当にですか?」
「もちろん、どれだけ一緒にいると思ってるんだよ……でも、やっぱり恥ずかしいから後少しだけにしないか?」
「シューチさんがそういうなら……」
少々残念そうな態度を見せながら、俺の意見に同意してくれた。
……助かった。
そう思っていたのだが、何か思い詰めていることでもあるのだろうか。
そう考えるほどの真剣な顔を向けられたことが、俺の心残りだったが
「……後10枚撮らせてくれるなら勘弁してあげます」
「相変わらず図々しいなお前は」
俺は絶対に騙されないぞと心に誓うのだった。
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