第30話 宿に行こう

 車を使って帰れなくなった俺に、ホテルに泊まろうと提案してきた紺。

 予約も既にしているようで


「いつから予約を取っていたんだ?」

「ふふ、来る前にふと思いつきまして」


 小賢しい笑み浮かべる紺、絶対ウソだ。

 犯行が計画的であれば、少なくとも前日から準備していたことになる。ということは、遊園地も前から周到に準備していたことになるだろう。

 一体何を企んでいるのだろう。


「ほら見てください、証拠はこの通り!」


 スマホの画面を見せてくる。

 ここから十数分歩かなければならないが、許容範囲内である。


「だけどなんで遊園地に直結してるホテルじゃないんだ?」

「せっかく泊まるなら良い所に泊まりたいじゃないですかー♡」


 まぁ分からなくもない。

 だが、紺の真意が分からない以上、俺は言うべきことは一つだった。


「まぁいい、だが俺は泊まらないぞ」

「ど、どうしてですか?」


 計画が狂ったからか、少し動揺する紺。

 思ったことをストレートに伝えた。


「お前が何かを隠しているからだ」

「隠している……ですか」


 ふと紺はため息をつく。

 だけど、何かを諦めてはいない。そんな表情だ。


「ただシューチさんと一緒に楽しい思い出を作りたいってだけですけど、それすらも疑うのですか?」


 しかも、紺が攻めるように同情心をくすぐってくる。

 俺は徹底的に応戦した。


「うっ、そんなことは……まず第一に、旅行で男女二人が一緒に部屋に泊まるのは不健全すぎる」

「じゃあこのままだと車中泊ですよ? こっちの方が不健全じゃないですか?」


 確かに衛生的にも健全ではない。

 しかも、このまま遊園地の駐車場で車中泊をしようものなら通報されかねない。


「あ、でも密室で二人っきりというのも一興ですね♪ なるほどシューチさんはそういう趣味がありましたか~」

「全く違うから勝手な想像しないでくれ」

「アブノーマルなのはまだ早いかなぁ、ふふっ」


 というものの、俺は何も言い返せなかった。

 そして、紺は畳み掛けるように攻めてくる。


「といいますか、シューチさんは私の事を信用していないのですか?」

「そ、そういうわけじゃないが……でも、お前だって俺の事を信用してないだろ」

「それは……まぁそうですね」


 紺はあっさり認めた。

 しかし、すぐに言葉を付け足す。


「私を信用してくれないシューチさんは、ちょっと信用できないかもです……」

「……っ!」


 その一言に罪悪感を植え付けられてしまった。

 被害者はこちらだというのに、どうして俺が後手に回っているのか謎である。


「冗談です、いつも信用してますよ?♡」

「あ、ありがとうな……?」


 ニヤニヤとした紺だが、またもやこうも告げる。


「でも予約しちゃいましたので、キャンセル料掛かっちゃいます」

「金の問題なら任せろ、俺が払ってやるから一人で寝ろよ」

「えーっ、なんでそんな寂しいこと言うんですか!? 夜になったら一緒に枕投げたり夜空を眺めてお互いに将来のことを誓い合うのは義務なんですよ!?」

「ストレートに重たすぎるわ」


 そして、紺がため息をつく。

 そろそろ俺の意向も分かってくれただろう。

 男女が同じ空間で寝泊まりするのは非常に危険なのだ。俺だっていつ、どこで何を勘違いするか分かったモノじゃない。

 だからこそ、理解して欲しいのだが——


「まぁいいですけど……露天風呂付きの旅館なので知らない人とすれ違う可能性がいくらかあるんですよねー……」

「ん、そうなんだな」


 流したいのだが、流しづらいことを言ってくる。


「はーあ、シューチさんがいたらナンパされても大丈夫なのになぁ」

「……」


 これはつまり、紺は一人で泊まる事のデメリットを語っている。

 しかも若干困っていそうだ、俺のせいなのか?


「そっかシューチさんは私がナンパされても良いって言うんですね。それか別に可愛くないとまで思われてるのかなぁ、悲しいなぁ~」


 そこまで言っていないが、ナンパされたらマズいかもな。

 だって紺は気が弱くて誘いを断ることが出来なかったのだから。


「わ、わかったから……」


 思惑には逆らえなさそうだ。

 だからそんな自虐はやめろと言ったつもりなのだが


「わかったから……なんです?」


 ジッとこちらに答えを要求してくる。

 俺はこれに弱い。ホント弱い。


「ボディガード的な役回りで傍にいるのがいいかもな……」

「そういう遠回しなことを聞きたいわけじゃないです♡」

「うぐっ」


 紺がジト目で見つめてくる。

 俺は観念して、素直に答えた。


「その……俺の理性が持つか心配だ……」

「え?」

「い、いや、なんでもない!」


 思わず本音が漏れてしまった。

 そうじゃない。確かに酒が入っているから襲ってしまわないかという懸念もあるが、また追及されたら厄介だ。

 そう思い、しっかり言った。


「分かったから一緒に泊まってやるよ。ただし、変なこともしない。ちゃんと夜更かしせずに寝るんだぞ」


 俺の一言が余計だったのか、紺は笑っていた。


「あーもしかして変なこと想像していませんか?♡」

「してないからそういう勘繰りはやめてくれ」

「ほんとかなぁ~♪」


 指で腕を突いてくる、辞めて欲しい。

 けれど、ちょっと楽しみにしてしまっている自分もいた。悲しい事に


「ふーん……まぁいいですけど?」


 紺は意味深な笑みを浮かべると、俺の手を握った。


「ほら、宿に行きましょう?♪」


 こうして俺は紺に連れられるまま、予約した宿へと行った。

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