第29話 計画的犯行
そして、駐車場にまでお土産を運び終えて車のシートに乗り込んだ。
「ふーーー意外と疲れたなぁ……」
席に腰掛けると実家のような安心感が湧いてきた。
非日常から少しだけ帰ってきた感覚を覚える。
「お疲れ様シューチさんっ、今日はとーっても楽しかったですっ♡」
「そっか、それは良かった」
紺のワガママを聞いて良かった。
それに、俺も楽しかったし結果オーライである。
エンジンを掛けるまでの間、少しだけ一息をついていると紺が様子を伺ってきた。
「あのう、シューチさん?」
「ん、どうしたんだ?」
なんだか申し訳なさそうな顔でこちらを覗き込んでくる。
また何かワガママが発動するのだろうか。
「実は……お昼ご飯を作ってきてたんですよね」
「えっ、それは本当なのか!?」
「は、はい、最初は遊園地じゃなくてピクニックのつもりで予定を考えていたので、食材が無駄になっちゃうなって思って一応持ってきていたんですよね……」
罪悪感に表情を染めていて、それは食材を無駄にしたことによるものだろうか。
いやしかし、願ってもいないチャンスだと思い、俺は尋ねてしまう。
「もし今……俺がそれを食べたいって言ったら、紺はどうする……?」
卑しいだろうか、だけど尋ねざるを得ない状況である。
だけど、そんな心配を他所に、紺は笑って答えてくれる。
「えっ、本当ですか……!? え、えへへ、じゃあ食べましょうかっ! 実は私もお腹空いちゃったので」
「そ、そうか……なら良かった」
そんな会話を交わしながら、俺は紺の手作りサンドイッチを食べることになった。
「じゃあ一つ目……どうぞっ♡」
そしてサンドイッチを口に運び、美味しいそれに舌鼓を打つ。
「うん、これ本当に美味しいな」
「えへへっ、ありがとうございます!」
塩加減もとても良くて俺好みの味付けである。手作りでここまで美味しいものが出てくるとは思いもしなかった。
「本当に凄いなぁ、紺って」
「えへへ、頑張って作った甲斐がありましたっ!」
褒められて嬉しそうに笑う姿も可愛らしい。
あぁ、今日一日は楽しいまま終わりそうだなと心の底で思う。
すると紺がまじまじとこちらを見ていることに気がつく。
「な、なんだ? なんか顔に付いてる?」
「い、いえ……その、もう1個どうでしょうか……?」
おずおずと、こちらの機嫌を伺うように尋ねてくる。
当然食べるに決まってるじゃないか。何を疑う必要があるのだろうか。
「もちろん、食べさせて欲しい」
「あーん……しましょうか?」
「ば、ばかっ、そういう意味じゃないって」
「えへへっ、分かってますよ〜」
楽しそうに笑う紺を見ると、頬が緩んでしまう。
だけど——油断していた。
どうしてこれが、最悪の状況に繋がることを予想できなかったのか。
「いただきます……んぐんぐ、うん、これも美味し——んがっ!?!?」
口から火を噴きそうなほどの刺激が走った。
あまりの辛さに、目からも火花が散るような衝撃を受けてしまう。
「し、シューチさんっ、大丈夫ですかっ!?!?」
心配そうにこちらを覗き込んでくる。
しかし、俺はそれどころじゃなかった。
「げほげほっ! み、水っ、水はないか……っ!?」
口の中が焼けるように熱く、喉がヒリヒリと痛む。
そんな俺の様子を見て紺はペットボトルに入った飲み物を差し出してくれたのだが……その水が問題だったのだ。
「お、お水ですっ!!」
「あ……あ、あぁっ! ありがとう紺っ、ぐびぐび……!!」
俺は差し出された水を受け取り、急いで口に含んだ。
バチバチと弾ける感触もあるが、飲み込もうとした瞬間———喉が焼けるように熱くなった。
「が、がはっ!? こ、これ炭酸じゃないか……!?」
あまりの痛みに咳き込むと、口の中に鉄の味が広がった気がする。
「ご、ごめんなさい、それしかなくって……」
い や な ん で !?
紺にしてはよく分からないチョイス、泣きっ面に蜂とはこのことか。
しかし、紺だって悪気があってやっているようではなさそうだし、飲み物がこれしかないのだから仕方ない。
やむを得ず俺はこいつを飲むことにした。
「う、うぅ……っ!!」
ぐび、ぐび、ぐび……。
しかし、飲み口に慣れてきた俺は次第に心地の良い気分になっていく——。
レモン味でスッキリとした飲み心地。
しゅわしゅわと弾けて、喉を焼く感覚もどこか気持ちがいい。
俺はこの飲み物を知っている。仕事帰りで荒んだ心を癒すべく作られた、社会人御用達の中毒性のある飲料——いわゆる麻薬。
「う、美味い……美味すぎる……っ!」
故に、飲んでしまう。
俺はそいつを飲み干すと同時に、ガチギレした。
「って、なんでス〇ゼロなんだよっ!?!?」
スト〇ングゼロ……それは500mlのロング缶でも1本150円程度という値段の安さながら、ウォッカやウィスキーなどの強めの酒を飲み慣れた者でも充分過ぎるほど早く強く酔っぱらえる威力を誇るお酒である。
選定した酒に悪意があり過ぎる。
ベコッとペットボトルを握りツッコミを入れると、紺は苦笑い。
「え、えぇーっと……冷蔵庫に余ったそれがありまして……?」
「容器が違うだろ!? なにすぐにバレる嘘つくんだよ!?」
いや、問題はそこじゃない。
これがお酒であるという事が問題なのだ。
「……それより紺、お前運転できるか?」
「まだ免許持ってませーん、えへへ……?」
「えへへで済むかっ!?」
紺の頭をわしゃわしゃとした。
だけど、彼女はくすぐったそうにはしゃいでいるので、女の子の𠮟り方は難しいと思えさえする。
「どうするんだよ、帰れなくなったぞ」
「そ、そうですね、帰れなくなっちゃいましたね♪」
終電逃したこととワケが違う。
コイツはレンタカーで、別の交通手段で帰る訳にはいかないのだ。
かといって、飲酒運転は犯罪だ。
バレれば同乗している紺にも責任が追及されることは目に見えている。
無職の俺は社会的にも軽傷で済むだろうとヤケにもなれるが、彼女の未来を奪うことを考えれば相当深い問題である。
「あぁ、こんなよく分からない場所でどうするんだよ……今から泊まれる宿がなんかすぐ探せるわけでもないし……」
俺は深い絶望感に苛まされた。
しかし、そんな俺とは対照的に紺はニコニコと楽し気である。
「大丈夫ですよシューチさん! 私はいつでも準備万端ですから♪」
「いや……お前免許持ってないじゃん」
どっから説教すればいいのか脱力感が襲ってくる。
しかし、彼女は自信満々に胸を張る。
「大丈夫です、私がこの時の為に予約をしておいたんですっ♡」
「……レッカー車の予約か?」
「そういう事故を想定していたわけじゃありませんが、まぁいいでしょうっ」
あぁ絶対にわざとやったんだなと悟った。
だが、何を企んでいるのか分からないが、紺は言うのだ。
「——ホテルの予約は既にしてありますっ!」
「……は?」
……日帰りじゃないの?
俺は非常に困惑せざるを得なかった。
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