第5話 宅飲み

 部屋の片付けを終えると料理が出来上がったのか、良い匂いがしてきた。


「出来ましたよ〜」


 テーブルに器に盛り付けられた枝豆、からあげとポテト、抱き巻き卵なんかもある。

 そして、シメの雑炊を作る準備までしてくれたそうだ。

 こんな短い時間によくやってくれたなと思う。


「今日もありがとうな紺」

「いえいえ、ほとんど油で揚げただけなので。ささっ、食べちゃいましょう♪」


 そして3人ともテーブルに着いて


「「いただきます」」


 軽い飲み会が始まった。

 まずは先輩からの一口。


「ん、美味しいね」


 淡々としているから分かりづらいだろうが、先輩はすごく美味しそうにしている。

 うん、普通にうまい。特にこの枝豆なんて茹で具合も塩加減もいい感じだ。


 また箸を伸ばして、一粒つまみ上げる。

 そのまま口に運んでいくと……


「……(にこにこ)」


 紺が頬杖をつきながらこちらを見ている。


「なんだよ」

「どうですかー?」


 味の感想を求めている。

 ……やっぱり、言った方が良いんだろうな。


「美味しいよ、いつもありがとう」

「どういたしましてー♡」


 とても幸せそうな表情を浮かべる紺を見ると、やはり微笑ましい。

 で、ここで調子に乗って何かを要求してくるんだろうな。


 無理な要求はきっぱりと断らねば。

 と、そこで別方向から魔の手が伸びてきた。


「はい、菊川君」

「なんですかこれは」

「あーんして」


 先輩が手にしていたのは箸ではなくお酒の注がれたグラスである。

 俺の分を注いでくれたようだ。


「……お笑いでも目指してるんですか?」

「私にキャリアを捨てろってこと?」

「そういうわけではなく」


 唐揚げとかの食べ物なら分かるが、お酒を「あーん」というのだろうか。


「やっぱり仕事の出来る女というのは考えることが違うなぁと思いまして」

「そういう人を小馬鹿にする事はいいから、ほら早く」


 失礼なことを言ったのだろうか、有無を言わせない雰囲気。

 先輩は引く気はないようだ。

 まぁいいか、別に間接キスじゃないし。

 せっかくの飲み会だしな。


「じゃあいただきます」


 俺は箸を置いてから先輩に向き直り、差し出されたグラスを受け取った。

 そして口をつけてから傾ける。


「……ごくっ……」


 喉が鳴る。

 喉が渇いていたからか、一気に半分ほど飲んでしまった。


「ぷは……なんか飲んだことない味ですけどウマいですね」

「そうでしょ、私のお気に入りのお酒なの」

「へぇ、なんていうお酒なんですか?」

「それはね——」


 お酒のことになると饒舌になり、先輩が嬉しそうに話している。

 珍しい一面を見た気がした。

 だが、俺はあることに気付いてしまう。


「でも、これかなり度数が高い……ですよね?」

「そうね、10%はあったんじゃないかな」


 先輩が既に1杯目を飲み干していることもあって合わせてしまったが……これはマズイことになる気がする。


「……」


 そして案の定、隣に座っている紺が不満げな顔で俺のことを見つめていた。

 このタイミングでまさかの嫉妬タイムなのか。


「あの……紺さん?」

「何ですか?」


 声が冷たい。

 もしかして、紺を置き去りに会話をしてしまったせいだろうか。


「このポテトの塩加減が良くてすごく美味しい」


 だから、とりあえず機嫌を取ることにした。


「いいんですよ、どうせ私はお酒の味なんか分からないですし」

「拗ねるなって、紺が作ってくれたご飯もすごく美味しいよ」

「そんなこと言って……本当は私が料理下手だからお酒トークで誤魔化してるだけですよね?」


 完全にいじけてしまっている。

 本当に飯が美味いのだが……そうか、お酒の話題を振った方が良かったのか。


「ごめん、紺……正直なところ言うと、どれも美味しくてそれ以外の言葉が見つからないんだ」

「本当ですか? 無理して褒めてくれなくても大丈夫ですよ?」

「いやいや、嘘なんか言ってないし……でもお酒に合うのは間違いないし、もっと食べたいのも事実なんだ」

「うーん……だったらしょうがないですねぇ……」


 何とか機嫌を取り戻してくれたみたいだ。

 やはり紺は素直が一番だな。


「だったら、あーん」

「え?」


 今度はちゃんとした「あーん」がきた。


「お酒に合うんですよね? だったらたくさん食べてもらわないと♪」

「……そうだな、ありがとう」


 機嫌を直す為にパクリとほうばった。

 先輩がジト目でこちらを見ているのだが、気にせず咀嚼する。


「もぐもぐ……ごくり、ありがとう。もう自分で食べられるから」


 そう告げると、先輩が言ってきた。


「飲まないの?」

「え?」

「紺ちゃんのご飯は食べれて私のお酒は飲めないの?」


 落ち着いてはいるが、どこか威圧感のある言い方に圧倒されてしまう。


「ええと……?」

「飲まないの?」

「あ、もちろん飲みます」


 あーんしてもらった恥ずかしさでか、つい断れないでいた。


「ごく、ごく……ぷは、美味しいです」

「ふふ、よかった」


 しかし、これでは済まないのがこの世の常だ。


「はいシューチさん♪」

「え」


 また紺が食べ物を差し出してくるのだ。

 ……これはまずい。

 食べたら飲むというループに陥ってしまっている。


「ありがとう」


 そう言い紺から枝豆や唐揚げなどを受け取り口にする。

 そして、先輩から飲むよう促される——なんてことだ。

 今日は酔うつもりなどなかったのに、お酒を飲んでしまっている。


 紺と先輩の板挟みにあい、両方の機嫌を伺った結果がこれだ。

 まぁ、気分良く食事をしたいし、仕方ない。

 そして、俺は二人から餌付けをされてしまうのだった。

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