第4話 片付け

「それにしても、随分買いましたね……」


 紺は感心していた。

 俺は両手に下げた袋を見る。

 結構な量になってしまったが、まぁこれくらいならなんとかなるだろう。

 ……紺の腕なら。


「どうしたんですか私を見つめて……」

「いや、期待してるような事じゃないぞ」


 一応、釘を差しておいた。

 変な勘違いをされると困るからな。

 そして先輩の部屋の前に着く。


「ちょっと片付けしてくるから待ってて」


 そう言い、先輩は家に入っていった。

 残された俺と紺で、適当な会話をする。


「そういえば焼津さんの部屋に来るのは初めてですね」

「あーそうだよな」

「はい、どんな部屋か楽しみです♪」


 その笑顔が眩しい。

 先輩の家にお邪魔したことがないから知らないんだろうけど、これから目の当たりにする光景に驚愕するんだろうな……。

 そんなことを考えていると部屋の中から悲鳴が聞こえてきた。


「うひゃああ!」


 先輩らしからぬ声。

 ほら言わんこっちゃない。

 慌てて中に入るとそこには……


「どうしたんですか?! 大丈夫ですか?!」


 床にはビール缶やらゴミやらが散乱しており、足の踏み場もないような状況。

 そしてその中心で尻餅をつく先輩の姿があった。


「ごめん、ちょっと片付けてたらつまずいて……」

「怪我はないですか?」


 紺が心配して駆け寄る。

 俺はその様子を後ろから見ていて気付いた。


「……」


 パンツ丸見えである。


「んしょっと……」


 先輩もようやく立ち上がり、服についたホコリを払う。


「まったくもう……」


 俺はため息をつきながら、床に落ちていたコンビニのビニール袋を回収していく。

 先輩は「ありがとう」とお礼を言いながらゴミを拾っていると


「え……これは……?」


 我に還った紺が現状を把握し始めた。

 そりゃ当然、焼津先輩の家はゴミ屋敷なのだから。


「えっ……これ全部、焼津さんの家から出たものなんですか?」


 紺が驚きの声を上げる。


「そうだよ」


 先輩は事も無げに答える。


「焼津さん、普段掃除とかしてるんですか?」

「してないよ」


 即答だ。

 さすがの紺もこの惨状には苦笑いを浮かべていた。


「だとしても、どうしてこんなにも散らかるんですか?」

「それはね……」


 少し考え込むようにした後、言葉を続ける。


「——私がきれい好きじゃないからだよ」


 いや、そういうことじゃなくて。


「なるほど……ってそうじゃないですっ!」


 よかった、紺がまともそうで。

 確かにきれい好きじゃなくても限度がある。

 普通ここまでにはならないよね? ということだ。

 しかし、それを口に出す前に紺が質問をしていた。


「普段身だしなみに気を遣っている焼津さんが、どうしてこんな汚部屋に住んでるんですか?」


 そう聞かれると先輩はまた考える素振りを見せる。

 そして数秒後口を開いた。


「まぁ単純に仕事人間だからかな」

「え?」

「仕事人間だから」


 淡々と答える先輩は続けた。


「キミは知らないだろうけど私はドの付くほど仕事に生きてる人間なの、そういう女はゴミ溜めみたいな部屋に住まないとダメでしょ?」

「そ、そうなんですか……?」

「そうだよ」


 あまりの迫力にたじろぐ紺。

 この人マジでモノを言ってるよ。

 先輩が綺麗好きなイメージなんて微塵もなかったけど、まさかこれほどとは思わなかった。


「まぁ……幸いキッチンは片付いていますし、料理は私に任せてシューチさんたちは片付けをお願いします」

「そうだな」


 先輩を手伝わせようとすると、頑なにイヤそうな顔をし始める。

 あぁ……この人やっぱりダメだわ。仕事以外本当に何も出来ない人なんだ、そう思うしかなかった。


 こうして俺と先輩による共同作業が始まった。

 紺がキッチンではてきぱき動いてくれている一方、先輩は全くやる気が感じられない。

 俺と先輩で部屋の隅々まで片付けをしようというのに。


 そんなことを考えていると、隣にいる先輩が申し訳なさそうな顔で話しかけてきた。


「ねぇ、菊川君」

「なんですか?」

「あれだよね、女の子の部屋ってもうちょっとキレイな方がいいよね」

「そうですね……」


 確かに正直ちょっと期待していたところもあった。

 先輩はもっとデキる女っぽい部屋を期待していたからな。なんかこう、物が少なくてシンプル・イズ・ベストって感じの部屋をイメージしてた。


「でも大丈夫ですよ、俺は全然気にしてませんし」

「本当……? でもね……」


 心配性な先輩は耳打ちをしてくる。

 別にこんな光景を見てしまったからには何を言われても驚きはしない。

 だが、それは非常にくだらない内容だった。


「あのさ……言っとくけどエロ本とか無いからね?」

「……どっちでもいいですから」


 そんなの別に求めていない。

 ていうかあったらどうするんだ。

 そんなこと思っているわけないじゃないか……。


「だって男の子はベッド下のエロ本を探したくなる生き物でしょ?」

「どこの幼馴染ですか」


 しかも性別が逆な気がする。

 変な勘違いをしているなぁ。


「恥ずかしいなぁ……本当にごめんね」


 いつになくしおらしい態度を取るので、俺は言ってしまった。


「さっきも言いましたが本当に気にしてないですよ、むしろ先輩の弱い所が見れてちょっと嬉しかったかもです。だって先輩って何でも出来ちゃうイメージなんで」


 先輩は少しだけ目を丸くして


「そんなことないよ、でもありがとう。よかった」


 軽く笑う。

 凛としていていつもカッコいいと思っていた先輩が、今は少し幼く見えた。


 そして、俺たちは仕事の関係など一切忘れて片付けに取り掛かるのだった。

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