第6話 先輩と紺

 意外と俺の肝臓が強かったのか、頭がボーッとする程度で収まっている。

 だが、立ち上がるとフラついて二人に迷惑を掛けるかもしれない。

 なので大人しく椅子に座って酔いをさます努力をした。


「悪いが水をくれないか?」

「はーい、持ってきますね♪」


 イヤな顔一つせずに水を汲んでくれた。

 それを一気に飲み干し、息をつく。


「ぷはぁ……」

「ふふ、酔ってるね」


 先輩にはバレていた。

 仕方ないだろ、だって飲まされたんだから。


「それにしても先輩は今何杯目ですか」

「もう10杯は飲んじゃったかも」


 俺の知らないうちにそんなに飲んでいたのか。

 お酒に強いとは聞いていたがここまで強いとは……恐ろしい人だ。


「まぁ……美味いメシがあったら酒も進みますよね」

「分かってるね菊川君は」


 飲みすぎだとは思うけどな。

 テーブルに腕を置きゆっくりしようと思っていた、その時だった。


「ねぇ紺ちゃん、私のモノにならない?」

「えっ?」


 ピクリと俺は反応してしまう。


「だって紺ちゃんがいたら毎日こんな料理が食べられるんでしょ?」

「私って欲しいモノは手に入れたい派なんだよね」

「そう言われましても……」


 紺が困ってこちらを見ていた。

 助け船を出してやろう。


「先輩、紺は誰の物でもないですよ」

「だって紺ちゃんが欲しいんだもの」

「だってじゃないですよ。また来てもらえばいいじゃないですか」


 酔ってるなぁと思って呆れてしまう。

 だけど、先輩に核心を突かれてしまった。


「でも菊川君の家には行くみたいじゃない」

「……コイツの距離感がバグってるんですよ」


 あえて誤魔化す俺。

 ていうか誤魔化すことしか出来ない。

 だって紺とそういう関係でもないのだから、勘違いされてはいけない。


「そうなの? じゃあ私のトコに来てくれたらイイコトしてあげるよ、ねぇ?」

「そ、それはですね……」

「なんで菊川君には作ってくれて私には作ってくれないの?」


 紺が先輩にグイグイと押されている。

 俺にはグイグイと押してくるクセに、押されると弱いように見えた。

 それがどこか引っ掛かり、ついついでしゃばってしまう。


「ほら先輩、紺が困ってますから」


 そう言い、止めに立ち上がるも足元がフラついてしまう。


「あっ……」


 そして、紺の身体にもたれかかってしまった。


「わ、悪い紺……」

「いえ、私は大丈夫ですけど……大丈夫ですか?」

「大丈夫……と言いたい所だが、危なそうだ。テーブルでうつ伏せになってていいか」

「はい、無理しないでくださいね……?」


 残念な姿を見せてしまったが、結果的に紺を助けることが出来たようだ。

 ……なんかイヤだったんだよな。

 先輩に紺が奪われるような気がして。

 紺には散々、俺には関わるなと言っておいてこれだ。

 まぁ、そういう時もある。そう考えておこう。


「はいどうぞ」

「ありがとう」


 柔らかいタオルと貰ったので頭に当てて枕代わりにさせてもらった。


「飲ませすぎちゃったかな」

「シューチさんはお酒に弱い方なんですね」


 俺がダウンしている間にあれこれと言われている。

 目が回るし若干眠いので黙っていよう。


「無理に迫ってごめんね?」

「いえいえっ! 焼津さんのモノにはなれませんが料理を褒められて嬉しかったです♪」

「そっか」


 少しの間、沈黙が流れる。

 もしかして俺がいないと会話がなくなる感じか?

 と思いきや、紺から話し始めた。


「シューチさんには言っているんですけど、私は恩返しをしたくて料理をしに行ってるだけなんですよね」

「恩返し?」


 先輩が聞き返すと、紺は苦笑しながら答える。


「はい、昔ちょびっと生活に困ってる時期がありまして、その時にシューチさんが色々と仕送りをしてくれたので、すごく助けられたんですよね」

「そんなことがあったんだ」


 先輩が俺たちの関係を知らないからな。

 俺が説明すると言い訳じみてて余計に疑われそうだから、紺から言ってくれると助かる節がある。


「ここってわりかし良いマンションだからさ、裕福な家の子だと思ってたんだけど違ったんだね」

「いやいやっ、それはもう貧乏生活で!」


 先輩は苦笑していた。


「そっか、前の家ってどんなだったの? あ、答えづらかったら言わなくていいからね」

「全然平気ですよ? 前はボロ家でしたねー……シューチさんの家より狭かったかも」


 なんて失礼な。


「へぇ……それはなかなかだね……」


 先輩も深刻そうな声を出すな。

 部屋なんて住めればいい、がモットーなんだよ。


「やっぱり心配なのがさ、仕事はたいへんじゃない? 仕事の内容は詮索しようとは思わないけど、一人で稼いで暮らしてるんでしょ?」

「う~ん……慣れたらなんとかなりますよ。最近はお金を貰えるようになったので、もっと頑張らないとなって思ってます」

「でも身体を壊したらダメだよ。無理したら元も子もないからね」

「はい、でも大変とかは思ったことないですよ。好きでやってることなので」

「偉いね」

「そんなことはないですっ」

「いや、本当に偉いと思うよ」


 先輩も酔っているのだろうか。

 いつものクールな印象とは違い、とても優しい雰囲気を感じる。


「それにしても菊川君は幸せ者だね、こんなに可愛い子に尽くされてるんだもの」

「あはは、そうですね……私には勿体無いくらいですよ」

「またまた謙遜しちゃって」


 なんか和やかな空気が流れてきたな。

 これはこれで悪くないが、俺はいつまで寝ていればいいのか……。


「でもたまに迷惑じゃないかなって思ったりします」

「なんで?」

「いつもシューチさんはそんな事しなくていいって言うんですよ。でも私はしたいんですよね……だからちょっとモヤッとしたりして……」

「そっか」


 先輩が黙って何かを考えている。

 すると足音が近づいてきた。


「菊川君、起きてるでしょ。紺ちゃんが悩んでいるよ」

「……ですね」


 先輩に身体を揺すられたので身体を起こした。


「紺ちゃんが君のことで悩んでるよ。どうするの?」


 ……どうするも何も。


「紺がそうしたいならすればいいんじゃないですかね……俺は別に嫌とは思いませんよ」

「そうじゃなくって、紺ちゃんの気持ちに応えてあげないと」

「えっ?」


 言われた言葉の意味が分からず、つい言ってしまう。


「ち、違いますよ先輩! コイツの言っていることは……」

「違うよ菊川君。キミが料理作って欲しいかどうか、言ってあげなよ」


 先輩が俺の背中を押してきた。

 紺は袖を掴みながらこう告げる。


「私、シューチさんには感謝してるだけじゃなくって……その、一緒にいると楽しいですし、料理を作ってあげたくなります」

「あ、あのなぁ……」


 ついつい言葉を濁したくなる。

 彼女はVTuberでありアイドル。

 先輩はそれを知らないだけ、てか知られてはいけない。

 紺は夜空に輝く星のようなモノなので、手に届かない存在であるべきなのだ。


 だからつい敬遠してしまいがちな心境ではあるのだが、俺が今言うべき言葉はこれじゃない。


「いつも本当に助かってるし、嬉しい。だから迷惑じゃなかったら……」


 最後まで言い切ることが出来なかったが、十分に伝わったようだ。


「はいっ、もちろんですっ♪」


 満面の笑みで俺を迎えてくれた。

 その横で、先輩はこう言うのだ。


「敵に塩を送るようだけど、勝負は正々堂々としたいからね」


 何のことかはわからなかったが、安心したような顔をしている。

 そして間もなく宅飲み会はお開きとなり、この場は解散となった。

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