4章 新しい生活

第1話 ストーカー

 俺、菊川周知きくかわしゅうちは豚である。

 生物上の豚というワケではないが、豚と言っても過言ではない。

 Vtuberを推すことを趣味としている俺は、とんでもなく気持ち悪い自覚があるからだ。


 分かっている。

 ストーカーが現れたらすぐさま俺だと決めつけられる人種であることは。

 だけど、こんな仕打ちはないと思うんだ。




 数日前、紺の事務所移籍が完了し、俺たちの関係も一段と進展した。

 付き合い立ての時期は、昔の友人が言っていた通りとても楽しい。

 心が浮かれて、毎日が新鮮に感じる。


 例えば、朝起きてすぐに彼女からの「おはよう」のメッセージが待ち遠しいし、夕暮れ時には一緒に過ごしたい場所を想像してしまう。


 だけど、この新たな幸せに水を差すような、妙な気配を感じてしまうことが最近続いているのだ——。


「はぁ~~」


 その日も俺は、いつもの公園のベンチで一息ついていた。

 夕暮れ時、普段の生活がほんの少しだけ特別に感じる瞬間だ。

 だが、最近の俺の日常には少し不愉快な変化があった。


「なあ、お前もそう思うだろ? 俺って動物園の動物じゃないんだぜ?」


 と、空に向かってブツブツと愚痴をこぼしていると、二人の男がニヤニヤしながら近づいてきた。


「おおおっ、本当にいるじゃねえかww」

「やあ、シューチさんですよね? ニコニ〇で見ましたよ!」


 男は興奮気味に言った。


「おう、そうだよ。で、何しに来たんだ?」


 と俺は少し警戒しながら聞いた。


「あの、コンちゃんと付き合ってるって本当ですか? めちゃくちゃ羨ましいです!」

「ちょっと俺たちにも幸せ分けてくんないっすかねww」

「分けてやるか、帰れっ!」


 俺はため息をつきながら、シッシッと手を振るも、男たちは興味津々に尋ねてくる。


「いやー、ちょっと見てみたかったんですよ。有名なVTuberの彼氏ってどんな人なのかと……コンちゃんとは上手くいってますか?」

「てかなんで付き合えたんすかアンタww」


 と男はにやけながら答えた。

 その時、別の男が加わり、「俺も俺も! コンちゃんのストーリー聞かせてくれ!」と言い出した。


 俺は苦笑いを浮かべ、「お前たち、暇人か?」と返すと、二人は笑いながらうなずいた。


「配信見てる奴なんか皆暇人っしょw」

「暇を持て余してるから“公園のシューチさん“っていう聖地巡礼にきたんですよ!」

「俺はパワースポットか何かか?」


 合格祈願でもしにきたのか?

 もしくは人生で上手くいかなくてツラい生活を送っているのだろうか。そうだとしたら可哀想だ。だって俺もそうだったし、明日は我が身だからな……。


 だが、ふと思う。


「てか、なんでお前ら俺のこと知ってんの、普通に怖いぞ?」


 たかだか一般人である俺が何故有名人みたいになっているのか、疑問で仕方なかった。


「え……知らないんすか? あおいちゃんの配信でモロ顔映してませんでした?」

「は?」

「ちょ、知らないんすかシューチさんww」


 どうやら以前、紺に告白した際に撮られた動画で特定されてしまったようだ。

 彼女にはちゃんとモザイクをかけてあるのに、どうして俺だけ……。


「だけど、そうやって人のプライベートを勝手に詮索するのはどうかと思うぞ」

「えー」

「えーじゃねえよ、まったく」


 と俺は言い、彼らに少し説教をしてやった。

 男たちはしどろもどろになりながら、「すみませんでしたw」「ただ興味本位で」と謝ってきた。

 何気にネットのノリを持ち込むお調子者が混ざっているようだが、俺はもう諦めた。


「まあいい。ただ、これからは人のプライベートに踏み込むなよ。ファンなら尚更、その人の人間性を尊重してくれ」


 と俺は彼らに忠告した。

 彼らは「はい、反省します」と真剣な顔で答え、その場を去っていった。


 だけど、また数分後に別の男たちがやってくるのだ。


「あ!!! シューチさんだ!!!」

「こんにちは! 一緒に写真撮ってもらえませんか!?」

「……お、おう」


 彼らはストーカーみたいな存在ではないが、俺はまるで動物園の動物のようだ。

 皆悪意がないから扱いに困ってしまう。状況を打開するために、俺は彼らに応じることにした。


「分かったよ、だけどちょっとだけな。」


 ファンの一人がスマホを取り出し、俺たちの写真をパシャリと撮った。

 彼らはとても嬉しそうに、その写真を見ながら喜んでいた。


「ありがとうございます! すごく嬉しいです!」


 彼らが去った後、ほっと一息ついたが、心の中ではずっと疑問が残っていた。「なぜこんなにも人々は、俺のプライベートに興味を持つのだろう?」と。紺との付き合いが公になってからというもの、平穏な日々は少なくなっていた。



———————――――――――――――――――――――――――――



「……ということがあってだな」


 俺はゆっくりと部屋に入り、ソファに座りながら伊豆に問いかけた。


「今日なんで呼び出したかわかるか?」


 伊豆が軽く笑いながら質問を投げると、俺は少し緊張した面持ちで応じる。


「もしかして、私のこと……だめだよ、あなたには紺ちゃんがいるでしょ……♡」

「当たり前だろ」


 冗談交じりに言う伊豆に、俺は軽くため息をついてしまう。


「てかシューチくんの方から連絡くれるなんて珍しいね、最近どう?」

「どうも何も、お前のせいで本調子じゃないんだよ」


 伊豆が少し驚いた顔で尋ねる。


「ほう~、どうして?」


 いや分かるだろ、と思いながら俺は聞いてみた。


「なんであの動画で俺のモザイクをかけ忘れたんだ?」


 俺の真剣な問いかけに、伊豆はくすりと笑いながら答える。


「今からでも遅くない、消すかモザイクをかけてくれ。」


「わざとだったんだ。」


 伊豆の告白に、俺は目を見開く。


「なんでだよ、なんでわざとやるんだ?」


 伊豆はにっこりと笑いながら、軽く肩をすくめた。


「だって面白そうだし、トラブルに巻き込まれるのがシューチくんだし?」


「勝手に決めつけんなよ……」


 俺は顔をしかめる。怒りが噴出しそうになるのを、伊豆は楽しそうに眺めている。


「でも視聴者は皆、良い人ばっかでしょ?」


 伊豆はまるでゲームを楽しむ子どものように目を輝かせている。

 俺は深いため息をついた。


「お前はそれで良くても、俺は毎日が気が気じゃないんだよ。今日だって、公園で話しかけられたんだ」


 伊豆は首をかしげながら、もっと詳しい話を聞こうと促す。


 俺は公園での出来事を語り始める。偶然通りかかったファンに声をかけられ、その場が小さな騒ぎになったこと。そして、どうにかその場を収めたものの、俺のストレスは限界に達していた。


「それ聞いて楽しいのか?」


 伊豆は一瞬黙り込むが、すぐに彼女らしい返答をする。


「ごめんね、ちょっと考えが足りなかったかも。でも、少しくらいはシューチくんのことを知ってもらうのも悪くないかなって」


 俺は苛立ちを隠せないが、伊豆の無邪気さにはどう対応していいかわからない。彼女のこの天然な態度が、時には俺を救うこともあるのだから。


「もう、何と言っていいか……」


 俺は顔を覆いながら、重いため息をつく。


「次からは気をつけるから、それで許してくれない?」


 伊豆が少し甘えた声で言う。

 俺は疲れ切った顔で彼女を見つめ、少しだけ頷いた。


「わかった、でも、これ以上騒ぎを大きくするなよ」


 伊豆は嬉しそうに笑って、約束をする。


「もちろん!これからはもっと気をつけるから!」


 そんな彼女の明るさが、俺の心を少しずつ和らげていく。でも、俺の日常に平穏が戻るには、まだ時間がかかりそうだった。





———————――――――――――――――――――――――――――



 いつも読んで頂きありがとうございます。

 一度完結にしちゃいましたが、まだ続きが書けるなと思ったので続きを書かせて頂いています!

 もし面白いな、続きが見たいという方はいいねや高評価をお願いします!


 別作品も書いておりますので、そちらも是非読んで頂けると嬉しいです><。

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