第6話 引っ越しの準備

 焼津社長に紹介してもらった物件への引っ越し(半ば無理矢理)が決まった俺たちは、早速準備に取り掛かっていた。

 俺の荷物なんてたかが知れている。服と本が少し、あとは生活用品くらいだ。荷造りも一瞬で終わる。


 しかし、問題は紺だ。


「お、おいおいなんだこの量は……」


 彼女の部屋に足を踏み入れると、所狭しと並ぶダンボール、配信機材、そして謎の小物たち。俺が口にすると、紺は申し訳なさそうに言った。


「ごめんなさい……私、どうしても荷物が多くなっちゃうんです」


 いや、これは覚悟していたことだ。

 彼女は自宅で仕事をしているVTuber。必要なものが多いのは当然だし、あれこれ詰め込みたくなる気持ちも分からなくはない。


「前に不用品はメルカリで処分するとか言ってなかったか?」

「ええと……それでも追いつかなくって、シューチさんに黙ってました♪」


 てへ、と舌を出す紺に対し、俺はため息をつく。


「なんで言ってくれなかったんだよ」


 先に言ってくれれば引き取ったり処分を手伝ったのに。


「だって幻滅されないか心配だったので……」


 紺は(><)こんな顔で全く反省している素振りを見せない。

 まぁ、反省しているんだろうけど、こうなる前に言ってほしかったなという気持ちはある。


「幻滅なんかするわけないだろ、だって俺はお前の……その、彼氏だからさ」


 最後の一言を言うのに、俺は妙に時間がかかってしまった。

「彼氏」という言葉を口にするのが、どうにも恥ずかしい。


 すると、紺が目を丸くしてこちらを見つめた後、にんまりと笑顔を浮かべた。


「シューチさん、今『彼氏』って言いました?」

「ああ、言ったよ」

「えへへ、嬉しいです♡」


 ……こういうところ、本当に素直で可愛いんだよな。

 本当に何でも許せてしまいそうになる。


「じゃあシューチさんはゴミの分別をお願いしますねっ♡」


 部屋から引きずり出された大量のごみ袋を手渡された。


「あれ、もしかして心を読まれた?」

「えーなんのことですかぁ?♡」


 まぁいいや、紺のためならなんだってやってやる。


「さあ、どんどん片付けちゃいましょう!」

「おう、任せろ。できる範囲で手伝うからな」


 本当にできる範囲であることを願うばかりだ。



 ———————————————————ー



 荷物整理をしながら、紺とあれこれ話すのは思った以上に楽しい。

 たまに彼女が思い出の品を取り出しては、配信でのエピソードを語ってくれる。


「これ、私が最初のコラボ配信で使ったぬいぐるみなんです!」

「覚えてるこれで俺が虜にされて変なコメント打ったんだよな」

「ふふ、ですよねっ♪ でも中身は安い中古品なんですよ~。配信中に落として割れそうになって、めちゃくちゃ焦りました!」

「そうだそうだ、あの時の紺はすごく慌ててたもんな」

「何年も前なのに本当によく覚えてくれてますよねシューチさんって♪」

「つまんない人間なんて思うなよ、本当に趣味といっていいものが何一つなかったんだ」

「じゃあ今は私が趣味ですか?♡」

「あ、当たり前だろ……?」


 そんな恥ずかしいやり取りをしながらも、俺は片っ端から荷物をまとめていく。

 すると、ふと軽い段ボールを見つけた。


「ん、これ何が入ってるんだ?」


 軽いからと蓋を開けてみたその瞬間——俺の視界に飛び込んできたのは、色とりどりのきわどいデザインの下着たち。


「……は?」

「あっっっ!!」


 振り返ると、顔を真っ赤にした紺がこちらを睨んでいた。


「シューチさん、それは見ちゃダメです!」

「いや、ダメって言われても開けちまったもんは仕方ないだろ……」


 俺は慌てて蓋を閉めようとするが、紺が大慌てで段ボールを奪い取る。


「もー、せっかくサプライズにしようとしてたのに!」

「サプライズってそっちかよ! もっと恥ずかしがるとか、そういう反応じゃないのか?」


 俺は思わずツッコむ。

 普通なら「きゃー!恥ずかしい!」とかそういう流れだろうに、この子は斜め上を行く。


「だって……これをつけてるところ想像されちゃいましたよね?」

「うっ、何故それを……」


 紺はしおらしく目を伏せるが、その言葉がさらに爆弾級だ。

 確かにこんなきわどい下着を付けて迫られたら俺の理性は持つのだろうか……?

 そんな中、紺は俺に近寄り言うのだ。


「もう、責任取ってもらわないと……シューチさん、お嫁にしてくれますよね?」

「なっ……」


 言葉を失った俺は、しばらくその場で硬直していた。

 ……いや、どうする、どうするんだこの流れ。

 だけど、俺は固唾を飲み告げた。


「大丈夫だ。俺が嫁に貰ってやるから」


 そう言って、紺をぎゅっと優しく抱きしめた。

 彼女の体は小さく震えていたが、やがて安心したように俺の背中に手を回してきた。


「でも、結婚はちょっと早いかもな」

「……そうですね。同棲すら急でしたもんね」


 紺は小さく笑う。


「うん。だから、これからは俺たちのペースで進んでいこう。焦らずにな」

「はいっ!」


 その笑顔を見ていると、俺はこの決断が間違っていないと確信するのだった。


 そして——トラックに荷物を全て入れ込む。

 荷物整理は大変だったが、無事に全ての準備が整った。

 俺と紺が新しい生活を始めるための一歩が、少しずつ形になっていくのを感じる。


「引っ越しって大変だけど、こうやって二人でやると楽しいですね!」

「ああ、まあな。これからもよろしく頼む」

「もちろんですっ♪」


 紺はその言葉に満面の笑みを浮かべた。


 新生活がどんなものになるのかはまだ分からないが、きっと楽しい毎日になる。

 ……いや、楽しいだけじゃなく、少しは波乱もありそうだが、それもまた悪くないだろう。

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