最初期から推していたVTuberが俺のことを探し回ってきたらしいが、恩返しされるわけにはいかない

れっこちゃん

1章 紺の恩返し

第1話 押しかけてきた女

 俺、菊川周知きくかわしゅうちは豚である。

 生物上の豚というワケではないが、豚と言っても過言ではない。

 Vtuberを推すことを趣味としている俺は、とんでもなく気持ち悪い自覚があるからだ。


 分かっている。

 ブヒブヒと推しの尊さに鼻息荒くしながら、その配信を眺める姿はとてもじゃないが観ていられない。

 この前、パソコンの電源が落ちて画面が真っ暗に反転し、映った自分の姿ときたら……。


 こんな不毛な話はやめておこう。


「さて、今日も今日とて推しの尊さを噛み締めよう」


 気持ちを切り替えた。

 今日も今日とて、俺は自分の推しの配信を見るためにパソコンを立ち上げる。

 そしてペンライトとうちわを装備し、画面の前に向かって見始める——


『流星の如く現れた貧困系Vtuber! コンちゃんは今日も~~??』

「——かわいい~~~ッッ!!♡♡」


 俺は叫んだ。


 画面に映る彼女は絹川コン。

 チャンネル登録者数50万3千人ほどのVtuberだ。

 俺の最推しであり、V界隈ではそこそこ人気があり、ファンアートも多く見かける。


 彼女の魅力は何と言ってもその声だろう。

 透き通るような綺麗な声で、ロリボイスと呼ばれる可愛らしい声質をしているのだ。

 また、トーク上手な彼女だからこそリスナーからの人気も高いのだが、それはまた別の話なので割愛しよう。


『皆さんこんばんはー!』


 コメント:こんちゃー

 コメント:こんちゃー!

 コメント:こんばんはー!

 コメント:こんちゃんこんちゃん

 コメント:こんちゃー!!!


『はーい、挨拶ありがとね。えっと、今日の雑談テーマ決めないと』

「そうだな。今日は何をやるんだろう?」


 視聴者とのやり取りをしながら、彼女が今日の話題を決めていく。

 これは配信の定番の流れになっている。


『よし、決めた。今日のテーマはズバリ……"好きな食べ物について語る"です!』

「おおっ!? これぞまさに雑談って感じのテーマだ!」


 三年前——俺は彼女の下積み時代からずっと知っている。

 まさかここまで大きくなるとは思わなかった。


 始めたての頃は声も今ほど高くなく、どちらかと言えば低い方だったと思う。

 それが今ではこんなにも魅力的な声になり、多くの人に求められる存在になった。


「感慨深いものがあるよなぁ……」


 しみじみと思いながら、俺はコンちゃんの放送を視聴する。

 ちなみにだが、コンちゃんとは俺が勝手に付けたあだ名である。

 その呼び名がコメント欄から独り歩きし、今こうしてファンからの愛称として使われているのだ。


 しみじみと思いながら、俺は配信開始から終了まで、ひたすら彼女にエールを送り続けた。


『——じゃあ、今日はこの辺で終わりにしましょうか! 皆さん、ご清聴ありがとうございました!』


 コメント:おつかれさまー

 コメント:楽しかったよー!

 コメント:コンちゃんお疲れ様ー!

 コメント:おつこんー

 コメント:おつかれー!


『うん、今日も沢山のコメントありがとうね。それではまた次の放送で会いましょう! ばいば~いっ♪』


 コメント:バイバ~イ

 コメント:おつでした~


「ふうぅ……」


 放送終了の文字を見て、俺は息を吐く。

 最初はただの暇つぶしだった。

 でも、今は違う。

 今じゃあ生活の一部だし、生き甲斐でもある。


「さて、と……」


 これから俺にはやる事がある。

 スマホでア〇ゾンのページをスクロールし始めた。

 これから絹川コンへの贈り物を探すつもりなのだ。


 今は便利な時代になった。

 当時は投げ銭機能がなく、贈り物を贈るのが主流だったのである。

 だけど、時代に取り残された俺は今もモノを送っている。


「うーん……やっぱり迷うなぁ……」


 シャキシャキ。

 モヤシ料理を食べながら、俺は悩んでいた。


「まぁ、とりあえずはこれでいっか」


 悩んだ末に俺が選んだのはシュークリームだった。

 うん、これも美味しいだろう。


 ちなみに、俺の推しているVtuberさんにはお手紙も送っている。

 まぁ、いわゆるファンレターだが。

 もっとこうフレンドリーにいきたいというかなんというか……。

 そう、他と一線を画したい。

 俺はただのファンではなく“ガチのファン”でありたいのだ。


「えっと……ここかな?」


 フックマークしていたチャンネルへと飛ぶ。

 そこには『絹川コン』という名前の子が映っていた。


「…………かわいい」


 今日も思わず声に出てしまうほどに可愛かった。

 もう既に見惚れいる。


「はっ!? いけないけない! 目的を忘れるところだった!」


 俺は早速、ページにある贈り物申請のボタンを押そうした時だった。


「……は?」


『——プレゼント受け取り停止のお知らせ


 はじめに、長きに渡り、お手紙やプレゼントなどで、応援をしてくださったファンの皆さまへ、多大なる感謝を申し上げます。

 これまで所属メンバーに対するプレゼントの送付を受け付けておりましたが——』


「えぇ……」


 まさかの出来事だった。

 あの人気Vtuber『絹川コン』へとプレゼントが贈れなくなるとは。


 しかも、どうやらこれから先も受け取れないらしい。

 ——人気が出てしまったせいだ。

 俺のようにポンポンと差し入れを贈りまくる輩が増えたのだろう。

 

 彼女は元々個人Vtuberだった。

 努力の末に掴んだ企業勢という立場だが、やはり会社の方針には逆らえないのだろう。

 俺はその事実を知ってから数日間、ショックで何も手がつかなかった。


「あぁ……」


 俺は失意の底にいた。


「どうしてだ? どうしてなんだ? こんなにも可愛いのに」


 そう言って、スマホの画面を見る。

 そこにはコンちゃんの動画が流れていた。


『こんばんわー! 貧困系Vtuberのコンちゃんでーす!』


 彼女は今日も可愛い。

 昔はガチの貧困系Vtuberで、苦しい生活を配信で良く流してくれたものだ。

 だから俺は彼女に差し入れをした。

 最初はコメだった。

 たった10kg贈っただけなのにすごく喜ばれて、それが嬉しくなって、どんどんエスカレートしていった。

 そして、今では箱買いしたお菓子とか、流石に高級な装飾品を贈ることは俺の収入では難しかったので、とにかく食料を贈りまくった。

 全部、彼女の喜ぶ顔が見たくてやったことだ。

 でも、それはもうできないのかと思うと辛くなる。


「うぅ……うぐっ……」


 雑談配信で俺の事をすごく嬉しそうに語ってくれたのに。

 あの時の笑顔は嘘だったのか……いや、嘘なわけがない。

 コンちゃんがそんな子じゃないことは知っている。


 だが、もう俺など必要なくなってしまったのだ。

 会社の決まりなのだから仕方がない。


 今はスパチャが主流で、贈り物など前時代的。

 物を贈られても迷惑な時代なのだ。


「うぅ……ぐすんっ……」


 悲しかった。

 まるで裏切られたかのような気分になる。

 俺は涙をこらえながら、パソコンを眺めていた。


『えっと……ここかな?』


 これは彼女の呟きだろうか、どうやら今日は“お散歩配信”というものをやっていたらしく、目的の場所に辿り着いたようである。


『じゃあね皆、まったね~♪』


 画面の向こう側で手を振って去っていく彼女を見て、俺はふと思った。

 ——どこかで見たような景色だなぁ。

 なんて思っていると、インターホンが鳴った。


「えっと……住所はここであってるはず……」


 ドアの向こうから女の声がした。

 宅配だろうか、こんな時間に。

 ガチャリとドアを開けると小柄な女の子がいた。


「あ、あのっ!」


 黒髪ロングの清楚系美少女。

 身長は低く、中学生くらいに見える童顔の少女であった。

 服装は白シャツに紺のベスト、といった真面目そうな学生服のような衣装だが、胸元が大きく開いており、白い肌が見えているのが良い感じだ。


「……どちらさま?」

「わ、わたしっ、榛原紺はいばらこんっていいますっ!」

「榛原さん?」


 新手のパパ活だろうか、それにしては随分と積極的である。

 俺にそんな金はないし、そもそもこんな子供に興味はないのだが。


「えっと……何の用ですか?」

「あのっ! お手紙ありがとうございました! それでそのっ……何かお返しができないかと思って」

「……はい?」


 何を言っているんだこの子は。


「ですからっ! いつも差し入れをいただいていたので、今度はこちらがお礼をする番だと思います!」

「……は?」


 そう言って、彼女は微笑みを浮かべるのであった。


「私は絹川コンです、貴方がシューチさんですよね!」



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 読者の皆様、ご覧いただきありがとうございます。

 VTuberや配信が好きなので、こういった題材で書かせて頂きました。

 他にも書いている作品がございますので、是非ご覧いただければと思います。

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