第23話 作り置き

 それは嫌な光景だった。

 どんよりとした天候の中で会社に行くと紺がいて、俺のミスを執拗に責め立ててくるのだ。


「どうして私の言った通りにできなかったんですか?」

「えっと……」


 俺は言い淀むしかない。何故か、確かにその通りだと思ったからだ。

 すると紺は悲しそうな顔をして言う。


「シューチさんっていつもそうですよね? 私に頼りっきりで、自分のことなんて何一つ出来ないロクでなしじゃないですか」


 彼女はまるで失望したかのように俺を見つめる。


「スイマセン……次からは気をつけますから」


 俺には謝ることしかできない。

 だって彼女の言っていることは正しいのだから。


「本当ですか? でも信用できないので後で反省会です」

「スイマセン、スイマセン」


 ただ謝るしかない俺に昼休みがやってくる。

 そこで反省会という名の食事タイムになるのだが、それが地獄のような時間なのだ。


「さあ、どうぞ召し上がってください」


 笑顔で料理を差し出す彼女だが、俺はそれを食べることを躊躇する。

 ——何故なら量が多いからだ。


「豚であるシューチさんはもっと太らなきゃだめですよ」


 いやいやそういう豚じゃないし、この量は身体の限界を超えている。

 どうやったら殺人的な量を作れるのか。


「焼津さんを見てください、アレが仕事ができる人の姿です」


 焼津先輩は全部平らげようとしている。なんだこのフードファイターは。

 だが、食べても食べなくてもどっちにしても叱られる。

 どちらを選んでも詰みの状況だ。

 それでも食べなければという強迫観念のようなものがあって、箸を手に取り料理を口に運ぶ。


「さぁ早く……! 風邪で休んだ分、ここで取り戻すんです!」


 紺が全部食べさせようとしてくる。怖い。

 こんな所にまで仕事の話をしないでくれ……いや、これは夢だ。

 さっさと起きなくてはいけない。

 起きろ自分——!



 ———————————————————————————————



「……はっ、仕事っ!」


 仕事に行かなくては——と身体を勢いよく起こすと紺が驚いていた。


「お、おはようございます……嫌な夢でも見たんですか?」

「え……あれ?」


 朝起きたら既に紺がキッチンに立っていた。

 料理をしてくれているらしい。

 頭がゴチャついていたので頭の中を整理した。


「昨日本当に泊まったんだな」

「ん-? 何か言いましたかー?」

「いや、なんでもな……ゴホッゴホ」

「まだ7時ですからゆっくりしていてください」


 でもいつもこの時間に起きてるんだけどな……と思うのだが、どうせ休みだし風邪で頭痛がするので大人しく寝るとしよう。


「何から何まで悪いな……」

「いいんですよ~シューチさんはどうせ料理なんてしないでしょうし♪」

「まあ確かに料理はできないが……休みになったら謎の力が湧いてくるんだよ」

「病気でプラマイゼロになってると思いますけど?」

「うるさい、放っとけ」


 紺はクスリと笑って、フライパンの方へ視線を戻した。


「ふふっ、たくさん作り置きしておきますからね」


 なんかすごい張り切ってるなぁと思いながら見ていると、テーブルにたくさんのタッパーやおにぎりが置かれていた。


「こいつらは……?」

「あっ、そうです。それが作り置きですよっ」


 夢で見た量よりはマシだが、軽く三日分はあるであろう作り置きだった。

 これを食えば大丈夫だろといわんばかりの量。こんなものを作ってくれるとは思ってなかったので嬉しい誤算である。


「ごめんなさい。こんな形で料理を振舞うことになっちゃって……私今日の配信の準備をしないといけないから、せめてこれだけ作ればシューチさんも困らないかなぁって思って」

「えっ、帰るのか……あ、いや」


 つい変な言葉を口走りかけた。

 紺にかける言葉はそうじゃないだろう。


「な、何言ってるんだよ。看病までしてくれたおかげで多少は元気になったぞ。ありがとな」

「……はい!」


 紺は嬉しそうな顔で笑った。

 そして調理が終わり、すぐに紺は帰る準備をし始めた。


「じゃあそろそろ……」

「あぁ、気を付けて帰れよ」


 俺はその後ろ姿を見送る。

 すると紺が立ち止まってこちらを振り向いてきた。


「どうかしたか?」

「あ、あのですね……」


 紺は少し恥ずかしそうな表情を浮かべていた。

 そして、俺の目を見てはっきりとこう言った。


「ちゃんと治ったらご褒美あげますから頑張ってくださいね♡」

「おう……わかった……頑張るよ……うん……何を?」

「ふふ、それは秘密です♪」


 その答えは教えてもらえなかった。

 でも、なんとなくわかる気がする。

 きっと紺のことだから……。


 彼女が帰ってからずっとぼーっとしていた。

 風邪による倦怠感のせいもあるが、ぽっかりと心に穴が開いたような気持ちである。


 …………


 ……


「お腹すいたし、何か口にするか」


 紺の作ってくれたおにぎり、手軽だが相変わらず美味しくて笑える。

 そして、思い出したかのように夜の配信を観てみると、コンちゃんは相変わらず可愛かった。



『今日もゲーム配信やっていきましょう! みなさんこんばんは~』


 コメント:こんちゃー

 コメント:おつかれさまです!!

 コメント:こんばんはー!

 コメント:こんちゃんこんちゃん

 コメント:声キレイで可愛いなぁ……


 紺はゲーム配信をしている。

 今プレイしているのは、最近流行りのモンスターを狩っていくオンラインゲームらしい。

 紺の配信にはコメントが寄せられていて、視聴者たちはみんな楽しそうだ。

 俺はベッドに横になりながらそれを見ていたのだが——


「……あ、もう終わりなのか」


 その配信も1時間と短く、なんだか物足りなさを感じてしまった。

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