第22話 ピロートーク
「——私、寂しかったんですよ」
「えっ……?」
淡々と話すのでそんな風には見えないが。
「だって最近ずっと一緒にいたのに、急に会ってくれなくなったんですもん」
「まぁ……そういう節はあるかもな」
最初は恩返しだからと言って飯をよく作ってくれた。
おかげで多少は健康になったのでありがたいのだが、元々俺たちはあまり深く関わらない方が良いと思っている。
推しとファンの関係。
ここまでされておいて、未だにこの意識に執着する俺もどうかとも思うが、やはり俺の頭の片隅にこびり付いた錆みたいに頑固なのだ。
なかなか取り除けやしない。
「でもどうしたんだよ突然そんな話をしだして、お前らしくない」
「そうでしょうか? いつもの私だと思いますけど」
口にはしないが、いつも明るく誰に対しても愛嬌を振りまくのが紺なのだ。
こんな風にしおらしい態度なんて見たことがない。
「ちゃんとガス抜きしてるか?」
「ガス抜きって?」
「ええとだな……配信以外にもやりたいことがあればやっていいんだぞ。紺には好きなことをして欲しいというか……」
紺の配信は趣味ではなく、既に仕事となっている。
だからこそ、ストレスも溜まっているだろうし。
その発散方法を知らないからこそ、こうなっているのではないかと思ったのだ。
「……」
紺は黙ったまま俺を見つめている。
その表情からは感情を読み取れない。
「……どうしてそんなことを言うんですか?」
少しだけ声音が震えていた。
ドキリとした俺だったが、程なくして紺は謝り出す。
「あ……いえ、なんでもないです。ごめんなさい、シューチさんがせっかく優しい事を言ってくれているのに」
「それは……その、すまん」
「謝らないでください。責めてるわけじゃないですし、むしろ私は嬉しいですよ?」
「……?」
嬉しい……何がだ? よくわからないな……。
紺からしてみれば、あまり良い回答を得られなかったように見られるが。
疑問符を浮かべていると、彼女はふわりとした笑顔を見せた。
「だって、それだけ私と一緒にいてくれる時間を大切にしてくれてたってことでしょう?あの時の買い物だって長々と付き合ってくれましたし、一緒に美味しいものたべてくれて……押しかけたとはいえ、そうしてくれたのはシューチさんじゃないですか」
「…………」
「私、凄く幸せ者です♪」
それが何だか寂しそうな顔に見えてしまったのは気のせいではないと思う。
だが俺はそれについて何も言わなかった。
ただ、彼女の言葉を聞いているだけだ。
「だから、そんなシューチさんの邪魔になりたくないんですよね。もっと言えば私の我欲を押し付けて迷惑をかけてしまうのが怖いんです」
「……俺のことなら気にしなくていいぞ」
「そう言ってくれるのはとてもありがたいですけど……でもやっぱりダメだと思うんです。だからこうしてシューチさんの家に来れるだけでも満足しているつもりです」
そう言いながら微笑む彼女を見て、胸の奥がきゅっと締め付けられるような感覚に陥る。
だから俺の悩みは少しだけ解決してしまった。
——紺に遊ばれているのではないか。
俺のことは異性として見ておらず、からかい甲斐のある遊び相手だと思っているのだろう……と思った自分が恥ずかしくなった。
紺に頼られているのだから良いではないか。
たとえそれが恋心に変わっていようとも、俺が貫く推しとファンの関係は維持するつもりだ。
新たに意思を固めた所で、紺は微笑みかけてきた。
「あはは、なんか変なこと言っちゃいましたね」
照れたように頬をかく彼女。
そんな姿を見ていると、つい頭を撫でたくなってしまう。
しかし、そんなことをすれば理性が聞かなくなりそうだ。
俺は手を伸ばしかけて止めた。
「でも、もし何かあったら相談くらい乗るからな」
「はい! その時はよろしくお願いします!」
結局、俺はそう言う事しかできなかった。
……少しして、沈黙が訪れる。
お互いに眠るタイミングかと思いきや、隣でまた声がした。
「んー……シューチさん……」
「……まだ起きてるのか?」
隣を見る。
すると目の前には、こちらを向いてすやすや眠る紺の姿があった。
「なんだ寝てるのかよ」
幸せそうな顔で寝言を言う紺を見て思わず笑みを浮かべる。
また、掛布団が彼女の身体からズレていた。なので起こさないようにそっと、紺の身体に布団を掛けた。
俺のように風邪を引かれたら困るからな。
「……紺の奴、無防備すぎないか?」
まぁ、信頼されている証拠だろうが……距離が近い。
そして寝相が悪いせいだろうか、俺の布団の方にまで近寄ってきているのでこのままでは密着してしまいかねない。
「……仕方ない」
俺は意地でも動くまいと決めた。
紺の体温が直に伝わるようでドキドキするが、ここで離れてしまえば紺が目を覚ますかもしれない。
だけど、やはり理性の問題が生じてしまう。
「…………」
これくらいはいいよなと、自問自答する。
俺は手を伸ばした。
紺の顔に掛かった髪の毛をどかすためだ。
そうして、彼女の顔が良く見えるようになった。
整った目鼻立ちに艶やかな唇。普段から化粧をしているわけではないのに、綺麗に見える。これがアイドルかと感心してしまうほどに。
そんな顔を見ていると、自分の心臓の音が大きくなっていくのを感じる。
紺の吐息がかかり、彼女の匂いがする。
「……おやすみ……紺」
そう呟いて、俺はゆっくりと眠りについた。
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