第13話 早く帰ろう

「ごちそうさん」


 食べ終わった後、会計を済ませて足早に店を出る。

 そのあまりに異常なスピードに紺は困惑していた。(ダジャレじゃない)


「ちょ、ちょっとシューチさんどうしたんですか!?」


 いつもは彼女のペースに巻き込まれる俺だが、今日ばかりは強引にならざるを得ない。

 何故なら、あの伊豆さんがいたからだ。


「良いから、黙ってついてこい」

「……!」


 紺は俺の気迫に押されたのか何も言わなくなった。

 よし、これでいい。

 さっさと帰って何もなかったことに——


「わー見ないうちに男らしくなっちゃってー!」

「はっ……!?」


 いつの間にか背後に伊豆さんがいた。

 ニヤリといじわるな表情を浮かべて、まるで獲物を見つけた肉食動物のようである。


「た、食べるの早くないか?」

「そりゃさっさと出て行っちゃうんだものー。あ、てかさっきのダメみたいだね、知らずにやっちゃったよーあはは♪」


 伊豆さんは昔と変わらず人懐っこい笑みを浮かべていた。

 だが、その笑みはどこか不気味で、彼女の本性を知っている俺からすれば恐怖でしかない。


「せ、先輩!?」


 すると、紺が驚いた声を上げていた。


「え……せ、先輩……?」

「紺ちゃん! 久しぶりー! ってかさっきぶりだけどねー、ふふっ」

「あ、はい! 奇遇ですね?」


 紺がたじろいでいる。

 っていうか、先輩?


「二人って知り合いだったのか?」

「あの、シューチさん……」


 紺が耳元で囁く。

 先ほど言っていたコラボの相手が彼女だったようで


「え、伊豆さんって」

「お察しの通り、そういうことだよ♪」


 なんて世間は狭いんだ。

 まさか伊豆さんがVをやってる人だったなんて。

 すると、間髪入れずにこんな質問を投げかけてくる。


「あれれぇ? 菊川くんったら、なんで紺ちゃんと一緒にいるのかなぁ?」

「い、いやそれは……」


 ギクリとした。

 友達、知り合い……あれこれと誤魔化そうにも、しんどい状況。

 だって紺がいるのだから。


「もしかしてぇ……デートとか?」

「はいそうですっ!!」

「……おい」


 全力で肯定する紺の頭を叩いた。

 だけど、この冗談に少しだけ救われたかもしれない。


「あー見ての通り、知り合いだから一緒に飯食ってたんだ」


 だけど、彼女は俺たちの関係性を疑ってくる。


「でもまだ付き合ってないんだ?」

「は……な、なに言ってるんだよ!」


 伊豆さんは俺の反応を見て楽しんでいるようだ。

 相変わらず性格が悪い。

 しかし、今はそれどころでは無い。


「あの、先輩……シューチさんとはどういう関係なんですか?」


 俺の代わりに紺が質問してくれた。

 すると伊豆さんはニヤリと笑って答えた。


「そりゃもちろん、私とシューチくんは高校の友達だよ!」

「……え?」


 俺は思わず声を漏らしてしまった。

 さっきまで“菊川くん”呼びだったのに。


「そうなんですねっ♪ いいなぁ、私も同級生だったらなぁ~」

「あぁ、同級生と再会できるっていいよな! 懐かしい気持ちになれる」


 慌てて、誤魔化すように俺はフォローを入れた。


「どうしたんですかシューチさん?」

「いや、なんでもないぞ」


 俺は平静を装いながら紺にそう答えた。

 だが、内心は不安でしかなかった。

 だって、伊豆さんは“今のところ“俺と紺の関係が、ただの友達だと思っていないだろうから。紺に飯を作らせたり、色々しているとバレたらと思うとゾッとする。


 そんな俺の心配をよそに伊豆は会話を弾ませる。


「でもまさかシューチくんと再会できるなんて、運命感じちゃうな♪」

「運命……? だめですよ~シューチさんは私のモノなんですから♡」

「おいおいおいおい」


 止めに入らざるを得ないかった。


「悪いな、なんか俺に対してこういうキャラするの楽しいらしくて」

「楽しいとかじゃなくって……むぐぐ~」


「ん~? なんか変なコンビで面白いねー」


 少しだけバツが悪そうな顔をしながらも、伊豆さんは俺に話しかけてきた。


「ところで菊川くんって今何してるの?」

「無職だ」


 即答した。


「もしかして芸人目指してる?」

「なんでだ?」

「さっきから笑わせにかかられているような気がして」


 違う、幻滅されてどっか行って欲しいんだよ。


「ふーん、最近は不景気だからね……って、今日仕事してたやないかーい! あはは!」


 だけど、コミュ力強化人間には通じないのだろう。

 頭が痛くなってきた。


「そうです! 最近会社の不正行為が見つかって営業停止、実質クビになって暇だったからウチに来てくれたんですよねっ♪」

「まぁ、たまたまだけど……」


 そこまで詳しく語られると、近しい人物だとバレてしまうではないか。


「へぇ、そうなんだーー」


 伊豆さんは紺の返答に相槌を打ちながら、俺の方を見た。

 そして意味深な笑みを浮かべた瞬間、咄嗟に逃げの一手を放つ。


「ごめん伊豆さん、もう遅いから帰らなくちゃ!」

「え、無職なのに?」

「観たい配信があるんだよ、じゃあな!」


 そう言って紺を連れて行く。


「わわっ、シューチさん今日は強引ですね……?」


 その後、ふと伊豆さんが何かを呟いているような気がした。


「——ふふっ、おもしろーい♪」



 ◆◆◆◆



 そして、最寄りまで来たところで


「ごめんな」


 バレたらまたからかわれるかもしれない。

 少しだけ建前混じりに言うと


「多分あの人なら大丈夫ですよ、ってか皆さんリアルのことは干渉しないようにしてますから」


 それもあるけれど、俺には不安で仕方なかった。

 直球で言えば、伊豆さんを疑っている。

 昔のトラウマを思い出してしまい、立ち止まってしまうのだ。


「シューチさん?」


 ふと我に還り、俺は言った。


「美味しかったな」

「ですねっ、また来ましょう♪」

「そうだな、今度は紺の奢りでな」

「え〜? それじゃあ何度でも行っちゃいますよ?」

「もしかして金を払えば必ず行ってくれると思ってる? とにかく冗談だよ。じゃあ行くか」

「はい、じゃあまた」

「またな」


 そうして、俺は何もなかったかのように紺を見送った。

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