第14話 俺にとっての動画編集

 伊豆との出会いは、高校一年の春。

 強制的に配属された委員会でのことだった。

 彼女は誰とでも気軽に話すことができる明るい性格で、最初から周囲を自然と魅了していて、俺なんかが話しかけられるはずもないと思っていた。。


「よろしくね、菊川くん♪」


 大げさかもしれないが、その初対面での彼女の声は、未来への扉を開く鍵のように明るかった。


「あぁ、よろしく」


 俺は控えめに応じ、彼女の社交的な振る舞いに少し圧倒されながらも、その場の空気を楽しんだ。


 最初は伊豆さんをただの同級生——高嶺の花としか見ていなかった。

 俺は自分を路傍の石のように振る舞い、彼女の明るさを遠くから眺めていた。

 しかし、時が経ち、同じクラスになると、隣の席に彼女が座ることになり——


「あ、菊川くんだ。隣同士よろしくねー♪」


 彼女のその一言が、俺たちの関係を少しずつ変えていった。


 隣同士での会話は徐々に増え、クラスでの役割を一緒にこなす機会も多くなった。それは単なる偶然以上のものだったが、俺はその瞬間を心から楽しんでいた。

 そう、その瞬間だけ。


 だが、ある放課後のことで全てが変わる。

 校舎が静まり返り、誰もいないはずの屋上で、伊豆が何かについて独り言を言っているのを見かけた。


「うーん、こうでもあぁでもない……難しいなぁ」


 彼女はブツブツと悩んでいた。


「伊豆さん?」


 声をかけると、彼女は驚いたように振り返った。


「わっ、菊川くん!?」


 彼女の表情には、焦りと驚きが混ざっていた。


「なにしてるの? 何か手伝おうか?」


 彼女が困っているように見えたから、思わずそう言ってしまった。

 今思っても、これが大きな過ちだとは知らずに。


「本当!? 動画を撮ってほしいんだぁ!」


 彼女の顔が一転して明るくなった。

 その頃、動画を投稿するサイトが流行っており、伊豆さんはそのプラットフォームに動画をアップロードする準備をしていたのだ。


「編集って知ってる? 撮った動画になんかぶわーって、光とか当てる加工……みたいなやつ?」

「し、知ってるよ! 俺に任せて」


 伊豆さんの質問に対して、実は全く知らない俺は彼女との距離を保ちたくて、嘘をついてしまった。


 そこから俺の勉強が始まった。

 伊豆さんのため、夜遅くまで編集ソフトウェアと格闘し、動画編集のスキルを身につけた。


 彼女の作品が次第に注目を集め始め、「すごーい! 菊川くんって天才だね!?」という彼女の言葉に、俺は「そ、そんなことないって……!」と照れながら答えた。

 そして時間が経ち


「見てみて、すごいでしょー♪」


 伊豆は動画投稿サイトでフォロワーが増えていくのを喜んでいた。彼女は元々魅力的だったので、その人気は自然な成り行きだった。


「ありがとね、菊川くん♪」


 彼女の一言が、俺の頑張りを全て報われるようで、何とも言えない温かさを感じ。

 ——そんな彼女に、俺は初恋をした。


 時が流れ、伊豆も少しずつ編集技術を身につけていった。

 俺が手伝う機会は自然と減り、それに伴い彼女と過ごす時間も少なくなっていた。その変化が心に寂しさを生んだが、それを告げる勇気はなかった。

 伊豆さんは人気者で、俺は彼女の心に僅かにでも影を落とす存在ではなかった。


 だが、告白する勇気なんて俺には無かったし、そもそも彼女は人気者で俺なんかが相手にされるわけがなかった。

 それでも彼女を見ていたくて、委員会をサボって彼女の動画を遠くから見ていたりした。


「これ編集したの、俺なんだよなぁ……」


 彼女の画面越しの表情を見つめながら、心に募る思いを静かに呟いた。


 でも、このままでいいのだろうか。

 募る感情は、やがて煩悶となり、自らの立場と感情の間で葛藤した。ただの便利な存在で終わりたくない、そんな思いが心を支配していた。


「これまでに培った関係、これはゲームのように話しかける機会が多ければ好感度パラメーターが上がる……今の俺が絶頂期なのでは?」


 ここまで思考が深まれば行動に出るのは早かった。


「え、私と……?」


 これまで見た事のない伊豆さんの困惑した表情。

 それがガチャの確定演出と勘違いした俺は、いけると思った。


「あはは、ちょっと急すぎるっていうか〜……」


 その伊豆の言葉が、俺の希望を打ち砕いたし、ショックもデカかった。

 しかも、優しい彼女は期待をさせるかのような言葉を告げるのだ。


「じゃあー友達でいようよ! ね、これなら仲良くできるでしょ?」


 彼女は優しく、しかし確実に俺の感情を区切った。


 これが事の真相だ。

 この出来事は後にクラス中に広がり、俺は学生生活に暗い影を落とすことになる。

 一方で伊豆は、その人気と魅力でさらに輝きを増し、学園のアイドルとしての地位を確立していった。彼女にはすでに別の世界があった。


 その頃の噂によると、彼女が付き合っていたのは、俺とは比べ物にならない年上の社会人だったという。そんな彼と競うこと自体が、愚かな行為だったのだ。


 ……このような回想を繰り返しながら、俺は過去を振り返る。

 けれども、なぜか“伊豆が再び俺の目の前に”立っていた。

 現実が一瞬で回想と入れ替わり、彼女はまるで時間が逆行したかのように明るく挨拶を投げかける——


「こんにちは、シューチくん?♪」


 その声には、かつての春の日の明るさが凝縮されていて。

 俺はただ、呆然と彼女を見上げるしかなかった。

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