第16話 誤解
そして——彼女の顔がみるみる強張っていく。
「……シューチさん、何してるんですか?」
低めのトーンで淡々と紺が言った。
だが、その言葉の裏には確かな威圧感がある。
俺の目の前には、夢羽が倒れている。
——どう考えても誤解を招く状況だ。
「何って……いや、こいつが倒れたから介抱してるだけだ」
慌てて釈明する俺。
だが、紺の鋭い目線は全く緩む気配がない。
「介抱……ですか、本当に?」
「ほ、本当にだ! 話せば分かる」
必死に弁解する俺に対し、紺はじっと俺を見つめた後、少し唇を尖らせる。
「……なんだか怪しいです」
「え、なんでだ……?」
「だって後ろめたいことのない人は『本当に』なんて言葉は使わないんですよ?」
「それは確かに!?」
確かに紺に内緒で配信の手伝いをしていたという後ろめたさはあった。
だが、誤解なんだ。
今慌てている俺にそれを突きつけないでくれ……。
「それに……こんな状況で女の人を抱きかかえてるなんて、どこの昼ドラなんですかっ!」
「だ、大丈夫だ。話を聞いてくれればドロドロしないんだ」
紺の顔は真っ赤に染まっている。
どうやら彼女の中で、勝手にいろんな妄想が膨らんでいるらしい。その妄想が手に取るようにわかるのが辛い。
「そ、そもそも倒れてた夢羽を放っておけるわけないだろ?」
俺がなんとか状況を説明しようとする。
だけど、紺はまだ納得していないようで、床に目をやった。
「じゃあ……そこに転がってる瓶はなんですか?」
紺の指差した先には、問題のポーションの瓶が転がっている。
「いや、これは……夢羽が妙な液体を飲んだから、こうなったんだよ!」
俺が声を荒げると、紺は一瞬驚いたように目を丸くする。
けれど、すぐにその表情を険しくした。
「妙な液体を……? まさか、シューチさん、この白くてドロッとしてて味の濃そうな液体を飲ませたと……?」
「その言い方はちょっとヤバい!? ち、違う! 俺が飲むのを拒否したら、夢羽が勝手に飲んだんだ!」
「勝手に……?」
紺の目がさらに険しくなる。
なんだ、まだ疑ってるのか?
「そうだ……単純にこいつがバカなことやって気絶してるだけで——」
「まさか、夢羽さんが自らそんな卑猥なモノを!?」
「本当に待て、その妄想はマジでヤバいから」
紺の妄想はひどく肥大化する。
「まさか、シューチさん、それを飲ませた後夢羽さんを襲おうとしたんじゃ……っ!?」
紺が突然大声で叫ぶ。
その突拍子もない発言に、俺は思わず声を上げた。
「なんでだよ!? 俺にそんな趣味はない!」
なんか悲しくなってきた。
どうして話が通じないんだ。
「だって、そもそもっ……どうしてシューチさんが女の人の部屋にいるんですかっ!?」
紺の声が震えている。
彼女の目には疑念と怒り、そしてどこか悲しげな色が混じっていた。
「紺、落ち着けって! 配信を手伝ってほしいって夢羽が頼んできたから——」
「配信? それならなおさら怪しいです! 他の女の人と何か秘密の企みをしてたなんて……!」
紺の顔は赤く、瞳にはうっすらと涙が滲んでいるように見えた。
その様子に、俺の胸はぎゅっと締め付けられる。
その瞬間、俺はハッとした。
「……そうか、そういうことか」
自分勝手な考えかもしれないけど、紺は俺のことが本気で好きなんだ。
じゃないと、ここまで怒りを表に出さないハズだ。
切ない気持ちが込み上げてきて——俺は、紺を抱きしめた・
「……な、なんですかっ……!」
彼女は抵抗するが、力は弱かった。
「ごめん……紺、夢羽の家に勝手にお邪魔したこと、黙ってて」
「どうして、私のこと好きじゃなくなったんですか」
紺は素直に気持ちを伝えてくれた。
だから、俺もしっかりと返さないといけない。
「それは本当に誤解なんだ。コイツの助けになろうと思って配信を手伝ってただけなんだ」
「じゃあ、介抱してたのは……?」
「夢羽がバカなことして倒れたから、ヤバイと思ったんだ」
「……本当ですか?」
紺は俺の顔を覗き込んだ。
潤んだ瞳がくっきりと見える。
「本当だ、お前だけは信じてほしい」
俺の必死な言葉に、紺はしばらくの間じっと俺を見つめていたが、ようやく視線を外した。
「……わかりました。でも、次からは私にちゃんと説明してくださいねっ!」
紺がプイッとそっぽを向く。
彼女なりの信頼回復宣言なのかもしれない。
「もちろんさ、約束する」
俺がそう言うと、紺は小さく頷き、少しだけ頬を緩ませる。
その場の緊張が解け、俺は心の中でようやく一息ついたところで、俺は気付いた。
「おい、夢羽。起きろ! このままだと俺がとんでもない奴にされるんだぞ!」
それに気付いた俺はため息をつきながら、夢羽を軽く揺さぶる。
その声に応えるように、夢羽が小さくうめき声を上げた。
「……ん、んぅ……」
「夢羽さんっ!?」
心配そうに紺が見つめていると、彼女は目を覚ました。
「ふぅ……闇の力が……ちょっと暴走したみたい……」
目を開けた夢羽がぼんやりと呟く。
それを見た紺が、怒ったような呆れたような表情で夢羽に詰め寄った。
「夢羽さん、話は聞きましたよ! いきなり倒れるなんて、何を考えてるんですか!?」
「えぇ……でも、配信は過激な方がウケが良いのよ」
「わ、分かりますけどもっ!!」
いや分かるなよ。
俺は思った。紺が危ないことを始めたら止めなければと。
「ごめんなさい……でも、シューチさんの優しさを確かめたかったの」
「確かめるって、こんな方法でですか!?」
紺はさらに夢羽に詰め寄るが、夢羽はどこか得意げな笑みを浮かべている。
「でも、紺さん。シューチさん、すごく真剣に私を助けてくれたわよ?」
「それは知っていますが……」
「配信を手伝って、見ず知らずの私のためによ?」
紺が何かを言おうとして言葉に詰まる。
顔がさらに赤くなっているのが分かる。
「ふふ、自慢の彼氏さんね。だから、安心して。シューチさんは紺さんのことが大好きなんだって、よく分かったわ。あんなに抱き合っちゃって……♡」
「なっ……!?」
夢羽の言葉に、紺も俺も同時に反応する。
紺は顔を真っ赤にして口をパクパクさせ、俺は思わず叫んでしまった。
「何を勝手に言ってんだお前は!」
「ふふ、冗談よ。でも、こうやって二人に誤解されるのも悪くないわね」
「冗談にしても度が過ぎるだろ!?」
俺がツッコむと、夢羽はくすくす笑いながら立ち上がった。
「さぁ、紺さん。誤解が解けたところで、シューチさんを責めるのはこれくらいにしてあげて」
「わ、私は別に……責めてなんか……!」
紺がしどろもどろになりながら反論する。
俺はため息をつきつつも、ようやくこの場が収まったことに安堵していた。
だけど、紺の信頼を取り戻すのがいかに大変かを改めて実感する一件だった。
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