第17話 紺の提案

 夢羽の冗談めいた発言で場が和んだものの、紺の表情はどこか曇ったままだった。

 俺がようやく夢羽を落ち着かせ、事態を収めようとしていると、紺が少し口を尖らせて俺に話しかけてきた。


「シューチさん……なんだか私の知らないところで随分と楽しいことをしていたんですね?」

「いや、そういうわけじゃない。ただ、夢羽が急に配信を手伝ってほしいって頼んできてな。断るのも悪いと思って、ちょっとだけ手伝っただけだよ」


 そう説明する俺に、紺はじっと目を細めて疑いの目を向けてくる。


「ふーん……そうなんですか。それで、どんなことをしてたんですか?」

「……まあ、魔法少女のなんたらって企画で、俺が適当に呪文を叫んだりしてただけだよ。視聴者にはちょっと受けたみたいだが、あんまり本気にするなよ?」

「そうですか。視聴者にはウケたんですね~?」


 紺の口調は明るいが、その笑顔には微妙に怒りが混ざっているのが分かる。

 俺は軽く頭を掻きながら、彼女の視線から目を逸らした。


「だ、だから別に深い意味はないってば。ただ夢羽が俺に無茶振りしてきて、それをこなしただけなんだよ」

「……まあ、いいですけどね。でも、私も知らないところで勝手にコラボするのはどうかと思いますよ? だって、シューチさんは私のモノなんですから……」


 紺の目がじっと俺を見据えてくる。

 その視線に、俺は何も言い返せなくなってしまった。


「ご、ごめんな……。でも夢羽だって、紺を出し抜いたり邪魔しようとか、そういう意図はなかったと思うんだ」

「別に怒ってませんけど……ふーん、夢羽さんってそんなに頼れるんですねぇ」


 紺の頬がぷくっと膨らんでいる。

 これ以上下手に触れると火に油を注ぎそうだったので、俺は何も言わず黙り込んだ。


 だが、次の瞬間、紺の表情がふっと変わり、彼女は小さく微笑んだ。


「シューチさん、私に良い考えがあります♪」

「……良い考え?」


 俺は紺の話に耳を傾ける。


「はいっ、今まで夢羽さんが伸び悩んでいるVTuberだったなんで知りませんでしたから、だからこそ次はもっと楽しいことができる企画を思いついたんです♪」


 紺がこう言い出す時は、何かろくでもないことを考えている場合が多いけれど、今回は意外とまともそうだった。


「楽しいことって、例えば?」

「ふふ、そこはお楽しみです♪ でも、そのためにはちょっと準備が必要ですね~」


 紺は何やら嬉しそうに企んでいる様子で、俺には具体的なことを教えようとしなかった。

 そのまま話題をはぐらかされ、俺はモヤモヤした気持ちを抱えながらその場を終えた。



 ---


 数日後——


「さて、準備万端ですね!」


 数日後、紺が満面の笑みで俺をリビングに呼び出した。

 彼女が持ってきたのは、配信企画の資料や、何やら装飾品の入った箱だ。


「準備って……お前、一体何を企んでるんだ?」

「企んでるだなんてひどいです~! ただ、夢羽さんとのコラボ配信をもっと楽しくしようと思っただけですよ♪」

「……夢羽とのコラボ配信?」


 俺は思わずぽかんとしてしまった。


「そうですっ! この間、夢羽さんがシューチさんと配信したの、すごく楽しそうだったじゃないですか! だから、次は私が企画を考えてあげました!」


 夢羽のキャラは独特で、紺の世界観と合わないのではないかと心配した。


「大丈夫なのか? あいつ、結構よくわかんない言動が多いが……」

「安心してくださいっ♪ よかったらこれ見てください♡」


 紺は資料を見せながら、自信満々に説明を始める。

 その内容は、夢羽のキャラクターを活かした配信企画だった。


「ほら、夢羽さんって魔法少女でしょ? だから、次はもっと魔法少女らしいことをやりましょう! 視聴者を巻き込んで、ミニゲームとかどうですか?」

「ミニゲームって、例えば?」


 すると、紺は饒舌に答えてくれる。


「夢羽さんが闇の力で封じたアイテムを、シューチさんが取り返すとか。あ、視聴者からリクエストを募集して、それに応えるのもいいですね!」

「いやいや、なんで俺なんだよ」

「へ? シューチさんは配信に必須です」


 さも当然かのように、反応する紺。


「それからですねっ——」


 紺のアイディアは次から次へと溢れ出してくる。

 彼女の目はキラキラと輝いていて、本気で楽しみにしているのが伝わってきた。


 けれど、台本や設定も多く、二人がやり切れるのか心配になった。


「……お前、本当にこれをやるつもりか?」


 そもそも、これを一日で作ってきた紺の気合いもすごいとは思うが、それでも紺は乗り越えてみせるぞという気概を見せてくる。


「もちろんです! シューチさんも夢羽さんも、きっと楽しいと思いますよ♪」


 紺の頭の中には『楽しさ』というモノしかない・

 俺は半ば呆れながらも、彼女の情熱に押されてうなずくしかなかった。


「わかったよ……でも、盛り上がりそうだよな、これ」

「でしょうっ♪ 私が全部サポートしますから安心してください♡」


(何だかんだ言いながら、こういう時の紺は頼りになるよな……)


 俺は心の中でそう思いながら、次の波乱を予感する——。

 こうして、紺の企画による新たな配信の準備が進められることになったのだった。


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