第15話 儀式配信
「さて、シューチさんは私の大切な仲間。そして今日は彼と一緒に、特別な魔法の儀式をお届けするわ」
「特別な儀式って、一体何をするんだ?」
俺が尋ねると、夢羽はニヤリと笑った。
「それはお楽しみよ♪ まずはこの魔法の杖を持って、私と一緒に呪文を唱えてみましょう?」
夢羽が差し出したのは、彼女愛用の日傘。
「うわ、邪魔……ぐふっ」
横腹にパンチを入れられた。
……俺は仕方なくそれを手に取り、夢羽の指示通りに構える。
「さぁ、シューチさん、私の後に続いてね。『エクス・マギカ・シャドウル』!」
「エクス・マギカ・シャドウル……」
俺が言葉を復唱すると、コメント欄が一気に盛り上がった。
『シューチさん、意外とハマってる!』
『これ、カオスすぎるけど面白いw』
『夢羽ちゃん、全力で楽しんでるな~』
「いい感じよ、シューチさん。次はもっと感情を込めて」
「……感情って、どう込めればいいんだよ」
「例えばこうよ——『エクス・マギカ・シャドウルーーッ!』」
夢羽が声を張り上げながらポーズを決める。
「え、えくす・まぎか・しゃどるー……」
俺もそれに続いてポーズを取るが、明らかに不自然な動きになってしまう。
「ダメね! もっと魔法少女らしく!」
「俺、男なんだが?」
「文句ばかりね、この魔法成人男性は」
「ご、語呂が酷すぎる……」
二人の掛け合いに、コメント欄はさらにヒートアップしていた。
『この温度差が最高w』
『シューチさん、完全に振り回されてるw』
『ユメハちゃん、シューチさんもっといじって!』
クソ視聴者のやつらめ、好き放題言いやがって……。
俺は半ば諦めの境地で、夢羽のテンションに合わせることにした。
「次はこのマジカル・ユメハガン——これを使って、視聴者の運気を上げる魔法をかけましょう?」
「マジカル・ユメハガンって……これ、ただのファ〇リーズじゃないのか?」
「違うわ! これは闇の力を封じ込めた神秘の液体よ!」
俺が疑いの目を向ける中、夢羽はピストルのように霧吹き(ファブリーズ)を振り回し、真剣な表情で呪文を唱え始めた。
「『フラクタル・エナジー・リボルブ』!」
「……ふ、フラクタル・エナジー・リボルブ?」
俺も仕方なく呪文を復唱する。
すると、コメント欄が一気に勢いづく。
『シューチさん、やっぱりいい声してるなぁ!』
『振り回されてるのが新鮮で笑えるw』
『夢羽ちゃんとシューチさんの温度差が最高!』
あぁやっぱうるさいなコイツら……。
チラチラと面白がるコメントが目に入ってしまう。
「いいわ、シューチさん。次はもっと感情を込めてちょうだい♪」
夢羽がさらにテンションを上げて、杖を構え直す。
俺は思わずため息をつきつつも、「まぁ、楽しんでくれてるならやるしかないか……」と諦め、声を張り上げることにした。
「ふ、フラクタル・エナジー・リボルブーーッ!!!!」
ふっ……やりきってやったぞ。
すると、夢羽から無茶振りが飛んできた。
「いい感じね! でも、もっと体で表現して!!」
「体でってどうすればいいんだよ!?」
「例えばこうよ!」
夢羽が杖を掲げ、まるで舞台俳優のように大袈裟なポーズを取る。
それを真似してみるが、俺がやるとどうにも様にならない。
「だめよ! もっとこう、魔法を放つイメージでッ!」
「意味わかんねえよ、もっと具体的に言えよ」
「インデ〇グネイションよ!!」
「まさかのテ〇ルズネタ!?」
パロディネタで視聴者を置き去りにしつつ、夢羽の指示に従って再びポーズを取り直す。
だけど、カメラの向こう側、コメント欄はさらに活発化していた。
『シューチさんが全力でやると逆に笑えるw』
『これで次回から魔法VTuberデビューだな!』
『ユメハちゃんの教育の賜物ですね!』
再びポーションを振りかけ、呪文を唱える俺たち。
コメント欄は盛り上がりっぱなしで、視聴者のテンションがこちらにも伝わってくる。
『これ、クセになるw』
『シューチさんの必死さがいいw』
『ユメハちゃん、次回もこの企画やって!』
コメント欄が盛り上がりを見せる中、夢羽が新たなポーションを手に取った。
今度のボトルは深い緑色をしていて、先ほどまでの透明感のある液体とは違う、不気味な光沢を放っている。
「さて、次はこの『エリクサー・オブ・シャドウ』を試してみましょうか」
夢羽が得意げに言いながら、ボトルを振る。
液体の中に小さな泡が立ち、まるで何かが生きているかのように揺れていた。
「おいおい、それ本当に飲めるやつなのか?」
俺が半ば呆れながら尋ねると、夢羽は自信満々に頷く。
「もちろん。これは私が調合した、特別な魔法のポーションよ?飲めばきっと……すごい力を得られるわ……♡」
「……いや、すごい力とかいらないんだけど。そもそもお前、魔法使いじゃなくてただのコスプレイヤーだろ?」
「闇の力で爆ぜなさい」
「ぐふっ……」
俺が冷静に指摘すると、また重たいパンチが飛んできた。
夢羽は「情けないわね」と言いたげな目でこちらを睨んでくる。
「シューチさん、そんなこと言っていると、視聴者のみんなががっかりするわよ?」
「視聴者の前に俺の胃袋ががっかりするわ!」
俺が真剣に拒否の意思を示すと、コメント欄は一層盛り上がりを見せる。
『飲め飲めwww』
『これはシューチさんが飲むべきw』
『ユメハちゃん、負けるな!』
「ほら、みんなも応援してるじゃない!」
「ふざけんなよおい……」
夢羽が笑顔を浮かべながらボトルを俺の方に差し出してくる。
俺はそれを手で押し返しながら、首を振った。
「いや、絶対に無理だ。俺、得体の知れないものを見せられるといつもロクな目に遭わないんだ。お前が飲めよ」
「なにそれ、まるで私が毒を飲ませようとしてるみたいな言い方じゃないの」
夢羽が唇を尖らせ、わざとらしく怒るふりをする。
俺は冷静にボトルを指さして言った。
「実際、見た目からして怪しいだろ。お前が本当にそれを信じてるなら、まずは自分で飲んでみろよ」
「……仕方ないわね。そんなに疑うなら私が証明してみせるわ」
夢羽は勢いよくボトルの栓を抜くと、中身を一気に飲み干した。
その瞬間、彼女の顔がピタリと止まった。
「夢羽?」
俺が心配そうに声をかけると、彼女はしばらく無言のまま立ち尽くし、次の瞬間——
「ばたんっ!」
夢羽が勢いよく後ろに倒れ込んだ。
あまりに突然のことに、俺は慌てて駆け寄る。
「おい! 大丈夫か!?」
コメント欄も一気に混乱に包まれる。
『え、嘘でしょwww』
『ユメハちゃん!? 生きてるの!?』
『まさか本当に危ないやつだったのか!?』
「おいおい……本当に飲むなよ!」
俺は夢羽を揺さぶりながら、彼女の顔を覗き込む。
目を閉じてぐったりしている彼女に、なんて声をかければいいのか分からない。
「ユメハ! しっかりしろ! お前、こんなところで倒れるな! 配信はどうなるんだよ!」
俺は必死に夢羽を揺さぶるが、彼女は目を閉じたままピクリとも動かない。
胸が微かに上下しているのが唯一の救い。
だが、こんな状況、冗談じゃない。
「おいおい……本当にヤバイやつ持ってきてんじゃねえよ……おい、いいから起きろよ!?」
不安と焦りで思わず声を荒げるが、返事はない。
仕方なく夢羽の顔を軽く叩いたり、肩を揺すったりしてみる。
「おい、起きろ! 早く目を覚ませ!」
その時——
「………………シューチさん?」
「え」
聞き覚えのある声が耳に届いた。
振り向くと、そこには紺が立っているのだ。
「紺……なんでお前がここに?」
紺は大きく目を見開き、驚きと困惑が入り混じった表情を浮かべている。
——何故? どうして? と。
……俺は非常に深い絶望を感じ取ってしまった。
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