第21話 「結構です」は挨拶
緊張する。
一週間ぶりの紺の家だから、何を話そうか考えている。
まずは肉じゃがの感想とお礼だな。
それから配信のこと……話していいのか、結構恥ずかしがるからな。
でもそんな顔も見てみたい。
あれから紺を突き放す考えが薄れてしまった。
理由はまぁ……それが彼女の為じゃないかと思ったからだ。
紺は俺を求めている、恩返しするという口実で何かを求めている。
だからそれが解決するまで彼女に付き合うのも悪くはないんじゃないかって。
「まぁ、お互いの関係性なんてバレなきゃいいんだし、気を付けていれば何とでもなるよな」
そう自分に言い聞かせる。
だが、それが間違いだった。
「さて……と、ん?」
「あれ、また会ったね菊川君」
「げぇっ」
エントランスに入ると、
紺のマンションに来て、一番警戒せねばいけない人物。
ここに住んでいる事を忘れていた。
「せ、先輩……何してるんですか!?」
「何をしてるかはキミの方じゃないの、私はゴミを捨てに降りてきたんだよ」
落ち着いた態度を見せるも、その視線はどうも不審者だ。
「あ、いやぁ、俺はその……」
すると、ピコンと先輩の頭に豆電球が浮かぶ。
「あっもしかして今日、前言ってた知り合いに会いに来たの?」
「いやぁ……それは、ごにょごにょ」
少し戸惑ってしまう。
あんまり深掘りされると厄介だから行こうとするのだが
「まぁまぁ逃げないでよ、せっかく会ったんだからさ」
同じエレベーターに乗り込まれてしまう。
「何回? 押してあげるよ——あっ同じ階なんだ、へぇー」
まるで遠足気分で絡まれる。
俺は災害に出くわした気分だ。
ここをどう乗り切るか……。
流石に紺と会っている所を見られなかったので、正直に言ってしまった。
「あの、先輩……俺の交友関係を人に知られるのあんまり良い気がしないんですよね」
「どうして?」
「だってプライベートじゃないですか、それで先輩が変な勘繰り入れられたら困るというか……嫌なんですよね」
遠回しに“女と会う”と聞こえたかもしれないが、これがベストかもしれない。
後はいくらでも言い訳が利く。
「キミにそこまで言われたら仕方ないか……」
そう言い、踵を返す。
「私はあっちの部屋だから、じゃあね」
「はい、ではまた会社で」
先輩は納得してくれたようで、自分の部屋に向かってくれた。
よかった、これで安心して会いに行けるぞ。
そうして俺は紺の部屋まで訪れ、インターホンを鳴らした。
「あぁ緊張する……」
ドキドキしながら待つこと数秒後、ドアが開く前のことだった——
「じゃあ一緒に入ってあげる」
「え?」
ガチャリ。
「はいはーい♪」
そこには笑顔を浮かべる紺の姿があったのだが
「やぁやぁ、キミが菊川君のお友達かな——ん?」
「——へ?」
焼津先輩の姿を見て、目を丸くしていた。
それもそうだ。
目の前には俺がいるはずなのに、そこにいるのは知らない年上女性。
当然、驚かないハズもなく——
「あ、ああ! すみません! 間違えました!」
慌てて閉めようとするので、俺は慌てて扉を掴んだ。
「ち、違うんだ、これはっ!」
「違うってなんですか、私の部屋に知らない人が来るわけないでしょう!!」
「そ、そうなんだけどっ」
「しかもおんなっ! おんなぁ……っ!?」
だが彼女は必死に抵抗する。
そりゃそうだろう、俺一人と思ってたら、いきなり見知らぬ女性が割り込んできたのだ。
当然焦るに違いない。
「そうだよ、違うってなんなの?」
俺たちの間に割って入る先輩は落ち着いて紺に聞いてきた。
「まだ私は何も言ってないのになんで嫌な顔されちゃうの?」
「え、えっとそれは……」
「もしかして菊川君の彼女だと思った?」
「それは……その……」
先輩がさも「悪いことしてませんよ?」という雰囲気で尋ねるので紺はバツが悪そうに俯いた。
「まぁいいや。キミ、この子に用があるんじゃなかったっけ?」
「あ、そうですね……」
俺もその雰囲気に飲まれてしまう。
「じゃあ誤解も解きたいしさ、私も上がってもいい? 友達なんだよね?」
「あ、はい大丈夫です……ど、どうぞ!」
「ありがとう、お邪魔するね」
焼津先輩は頭を下げた後、堂々と中に入っていく。
そこで俺は初めて気付いた、彼女の営業力というものに。
いつも先輩は言っていた、「結構です」は挨拶なのだと。
断り文句をスルーし、言いたい事を最後まで伝えに行く。
これが新規営業の要だと。
万が一断られても『自分は悪くないし』という精神でいつもいるのだとか。
普段の発言が垣間見える瞬間だった。
「あれ、菊川君は来ないの?」
「え、あぁ……お邪魔します」
まぁでも。
何故か。
俺も紺に勘違いをされたくないなと思ってしまったのだ。
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