第22話 焼津先輩

 そんなこんなで、波乱万丈な1日が始まった。

 焼津葵という女のスペックの高さは知っていたつもりだった。

 見た目よし、仕事よし、性格良し。

 男からしたら最高級の物件だろう。

 だからこそ俺は警戒していたのだ。

 だが、目の前にいる女性はまさに完璧超人。

 しかもそれを鼻にかけない謙虚さもある。

 紺とはまた違った魅力があるのは言うまでもないだろう。

 そんな彼女が紺の前に現れたら……。


「えっと……この方は?」


 そしてリビングにて

 テーブルを挟んで紺と向き合っていた。


「初めまして、菊川君の先輩の焼津葵です」


 にっこりと笑顔を見せて自己紹介をする先輩だったが、紺はその様子に動揺を隠せないようだった。

 まぁ無理もない。

 目の前にいる女性がいきなり自分の家にやってきたら誰だって驚くだろうしな……。


「あー、こいつは俺の会社で働いてる人で……」

「へぇ~そうなんですか! 素敵な職場ですね!」

「最後まで言われてくれないか?」

「だってこんな美人な方が上司だなんて、いつも羨ましいなって思ったんですよ!」


 はぁ、なんでこうも勘違いするんだ?

 俺はそんなこと一言も言ってないし、この人は見かけによらず鬼だぞ。

 毎日残業させてくるからな。


「あはは、仲がいいね」

「そう見えますかね……」

「で、キミたちはどういう関係なの?」


 ギクリとした。

 こんな年下と絡んでるなんて世間体が悪すぎる。

 なんて言い訳しようかな。


「まぁ、親戚の子っていうか……」

「血縁者……!? もしかして既に私と籍を入れてるってことですか!?」

「話がややこしくなるからお前は黙ってろ」


 紺が墓穴を掘ってしまった。

 当然、深掘りされないわけはなく


「親戚じゃないんだぁー、じゃあどんな関係?」

「ただの友達以外なんでもないですよ」

「えーもっと教えてくれたら良いじゃん、ほら教えてくれないと押し倒しちゃうよ」

「突然のセクハラ!?」

「パワハラだよ?」

「じゃあ両方ですね!?」


 焼津先輩のハラスメント発言に、紺はガタッと立ち上がった。


「だ、ダメですっ!!」


 すると、紺は自分の座っていた椅子をこちら側に置いて、隣に座ってくる。

 その行動に目を丸くして固まっていると、紺は言った。


「……わ、私が押し返しますっ!」

「ごめん、どういうこと?」


 いや本当によく分からない。

 配信でもたまにこういう事を言ってて可愛いが、当事者となると困惑する。

 だが、その様子を見るなり先輩は言った。


「まぁ……とりあえずは、仲の良い友達なんだね」


 先輩は見透かすように言う。

 関係性については、これ以上は尋ねてこなかった。


「でもなんでこんな可愛い子と知り合いなのに教えてくれなかったの、同じマンションに住んでるのに」

「だって紺が嫌がりますから」

「ふぅん、優しいんだね菊川君は」


 素直に褒められてちょっと照れくさい。


「へぇー紺ちゃんっていうんだ、よろしくね」

「あっはい……よろしくお願いします」


 紺は緊張しているのか、ぎこちなく返事をした。


「それで今日は何の用で来たの?」

「あぁ、コイツに返すものがあってな」


 そして、カバンからタッパーを取り出し渡した。


「ありがとうございます、肉じゃがは美味しかったですか?」

「あぁ、冷めててもすごく美味かった、ありがとうな」

「へぇー……」


 先輩はじっくりとその様子を眺めて言った。


「——お弁当の肉じゃがって、そういうことだったんだ」

「なっ!?」


 バレてしまった。

 弁当に入れてたおかずが紺によって作られていたことを。


「え、お弁当に入れてくれてたんですか?」

「まぁな。外食ばっかじゃ金と時間の無駄だと思ってな」

「そうだったんですか、えへへ……」


 そう照れ隠しに言うのだが、紺は喜んでいた。


「じゃあ今回もご飯をもてなさないといけないですねっ♪」

「……今回も?」


 イチイチ反応してくるなこの上司は。


「どういうこと、菊川君はこの子のご飯を食べてるの?」

「まぁ……そういうことになりますね」

「どうなの、美味しいの?」


 ヤケにぐいぐい来る人だ。

 だが、これだけは否定したくなかった。


「……美味しいですよ、これだけは、間違いなく」


 すると、先輩の目つきが変わった。


「へぇ~……」


 獲物を狙うような目だった。

 これはまさか……。


「ねぇ、それって私にも作ってくれる?」

「えっ……?」


 紺は少し困った顔をしていた。

 そりゃそうだ、俺の分ならまだしも先輩の分も用意しないといけないのだ。

 作る量が増えて大変だ……


「いいですよっ、任せてくださいっ!」

「!?」


 紺は力強く言い切った。


「なっ……いいのか、こんな初対面の相手に」

「いいんです、だってシューチさんのお知り合いなんですよね。だったら振舞わないわけにはいきませんっ!」


 その目は本気だった。

 俺は止めようとしたが、もう遅かった。


「そっか、ありがとね。じゃあお言葉に甘えてご馳走になろうかな」

「はい、覚悟しててくださいっ!」

「俺の立場が危うくなるような事はしないでくれよな……?」


 少々不安になる言動と流れを、俺は見守るしか出来ない。

 そして——


「それに、これで私との関係を認めてくれるなら……」


 ボソッと紺は何かを呟くのだが、聞こえなかった。

 そんなこんなで、思わぬ形で焼津先輩も飯を食っていくことになった。

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