第23話 お好み焼き

 俺と紺と焼津先輩の三人で飯を食うことになる。

 エプロン姿に着替えた紺に俺は尋ねた。


「今回は何を作ってくれるんだ?」

「そうですねー……食べたいモノを聞きたかったのですが、流石に買い物で二人を待たせるわけにはいかないので、今作れるモノでもいいですか?」

「良いに決まってるだろ」


 紺の作る料理は何でも美味しい。

 文句なんてあるハズがない。


「だったら……お好み焼きとかどうですか?」

「お、いいな」


 それなら三人でつまんで食べることが出来る。

 だけど、紺は少しだけ困った顔をしていた。


「でも、人数分作るとなると何回も焼かないといけないので、お二人とも時間は大丈夫ですか?」


 あ、そうか。

 一枚で満足ってワケにはいかないもんな。


「あーちゃんと考えてなかったな、すまない。でもお前の方が大丈夫なのか?」

「どうしてですか?」


 だって俺は彼女のスケジュールを知っている。

 いつもネットに告知しているからな。


「よ、だって夕方から配し——あっ」

「夕方?」


 慌てて俺は口を塞いだ。

 危ない……配信って言いかけた。


「紺ちゃんは夕方に予定があるの?」

「あ、いや予定があるんじゃないかって思ったからさ、そうだろ紺?」


 こくこくと頷き、紺も俺の話に合わせてくれる。

 まぁ配信にも準備とかあるだろうし、食べたら早めに撤退してあげた方がいいかもしれない。

 そう考えていると——


「だったら生地を作って待ってて、私良い物持ってるから」


 そう言って、焼津先輩は家に帰ってしまった。

 取り残された俺たち二人。気まずい空気が流れる。

 そんな空気に耐えられなかったのか、紺の方から話しかけてきた。


「あの……その……」

「ん? どうした?」


 なんだかモジモジとしている。

 トイレに行きたいのか? それとも何か話したいことがあるのか?

 俺が待っていると、彼女は覚悟を決めたように言った。


「き、菊川君……?」

「ん……?」


 突然俺の名字を呼び始める。

 一体何なのだろうか。


「だから! 菊川君って呼んでみたかったんです……!」


 恥ずかしくなったのか、顔真っ赤にして俯いている。


「だってあの人とすごく仲良さそうですし、やっぱり歳が近いほうが接しやすいのかなって……だったらまずはき、キミの? よ、呼び方を菊川君って……!」


 変な勘違いを生んでいる。

 何に対抗してるんだコイツは。


「えっと……ダメでしょうか?」


 上目遣いで見つめてくる彼女。

 うっ……かわいい……。

 これは断れないが……。


「い、言っただろ、あの人はただの上司なんだって」


 落ち着いた雰囲気をしているが、中身は押しの強いメンタルゴリラだ。

 なにも真似する事はない。

 そう伝えるのだが、何故か彼女は納得していない様子。


「じゃあシューチさんは私のこと榛原はいばらさんって呼びませんか?」

「なんで突然よそよそしくなるんだよ」

「じゃあ紺さん」

「恩人をみすみす敵に殺されてしまい自分自身を許すことが出来なくなった、あのキャラか?」

「……それは、あんまり可愛くないですね」

「そうだぞ、俺を恩人だと思うなら呼び名がよろしくない」


 濁点がないだけだが、紺さんなんて呼び方は可愛くない。

 なので却下した。


「じゃあ最後に聞きたいのですが……あの人は彼女さんではないんですよね?」

「違うって、本当にしつこいな……」

「彼女候補」

「冷めた口調で俺をチャラ男認定するのやめてくれないか」


 まったくもう。

 どうしてそこまで疑うんだ。

 そんな風に生きてきたことがないし、恋愛ごとのゴタゴタは怖い。

 だからそういう勘違いは非常にいただけない。

 そして紺はボウルに入った生地をかき混ぜながら言った。


「まぁいいです、今日のところはそういう事にしておいてあげましょう」

「お前は負けた悪役か」

「誰が負けヒロインですって!?」

「言ってない言ってない」


 ボウルを持ちながら狂乱する紺は危なっかしい。


「に、二番目でもいいですからぁ~……」

「あ、あのなぁ……」


 そして、膝から崩れ落ちそうな紺を見ていられず、俺は言ってしまった。


「お、俺の中でお前は十分にヒロインだよ……」

「!?」


 すると、紺の手が止まる。

 あ、今すごく気持ち悪いこと言ってしまった。

 そんな顔をされると直視できなくなるではないか。


「すまん、今の忘れてくれ」

「忘れるわけないじゃないですか……」


 気まずい空気が流れてしまう。

 俺の黒歴史を作りやがって……。

 と、そんな時に先輩が帰ってきた。


「ただいま」

「「——わっ!?」」


 二人して驚いてしまった。

 焼津先輩はデカい箱を抱えて立ち止まっている。


「あ、もしかしてお邪魔だったかな?」

「邪魔なんかじゃ……」


 すると、ため息をつきながら聞こえるように言ってきた。


「はぁ~~これじゃあ私の入る隙間もなさそうー」


 ……ん、どういうことだろうか。

 よく分からなかったが、あまり聞かないでおこう。


「ところで、デカいですねそれ」

「だってホットプレートだからさ」

「なるほど、そうしたら何枚も焼けますね」


 食べてる間、誰かが調理しなくても済むし便利アイテムだ。


「よく使ってるんですか?」


 ありきたりな会話のつもりだったが、失言のようだった。


「キミ、私と同じくらい残業してるのによくそんなこと言えるね」


 あ、この感じは説教モードだ。

 何度も怒られたことがあるから知っている。


「これ一人で使うと思った?」

「すいません」

「菊川君と同じく私生活をズタボロにして働いてる私に一緒に使う相手がいると思ってるんだ」

「……すいません」

「社畜をナメないで」


 焼津先輩はいつも冷静沈着。


「……私も聞いてて申し訳なくなりました」


 冗談のように聞こえないから、紺も謝る事しか出来ないのであった。

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