第24話 ハレンチな・・・

 ホットプレートに生地を敷き、温まった所でひっくり返す。

 器用な紺は上手に三人分のお好み焼きを作ってくれた。


「はい、召し上がれ♪」


 見るからに腹の音が鳴る匂い。

 手を合わせ、俺たちはそれぞれ口に運んだ。


「やっぱり紺の料理は美味しいな」

「えへへ、嬉しいです♪」


 その一方で


「もぐもぐ……うん、美味しいね」


 表情には出ないものの、焼津先輩も絶賛していた。


「この山芋が入ってるのはいいね、歯ごたえが好きだよ」

「ふふん、私の力を思い知りましたか!」


 紺につっこまなくちゃいけないタイミングなんだろうけど、うん、マジで尊敬する。

 これだけで俺たち社会人の胃袋を掴んだのだから。


「誰かとお好み焼きなんていつぶりだろう……学生の時以来じゃないかな」

「俺もあんまりいかないですねー」


 なんて、ついつい社会人トークをしてしまう。


「行くとしたら居酒屋かな?」

「確かに、でも俺は体調崩すといけないので酒は控えますかね」

「あーだから誘っても来てくれないんだ」

「別にそういう事じゃないですよ」


 先輩は酒に強い。

 普段から居酒屋にはよく行くようで、たまに誘ってくる。

 現に今日も、ホットプレートと一緒にお酒まで持ってきたようで、ごくごくと飲んでいた。


「ん……ふぅ……キミも飲む?」


 イチイチ飲み方が扇情的だ。

 そんな先輩に向かって、紺は立ち上がり言った。


「だ、ダメですよっ、間接キスだなんてっ!」

「私は気にしないよ。しかも明日は休みだし、飲みたくないの?」

「う、うーん……」


 まぁ、せっかくの休日なんで飲みたいけど紺がいるしな。

 酔って変な姿を見せたくない。

 そう思っていると紺が反応した。


「だ、ダメです……っ、キス……じゃなくて、嫌がる人を誘ったらアルハラなんです!」


 お酒を止められてしまった。まぁその方がいいかもしれない。

 だけど、先輩は俺に酒を勧め続ける。


「えー後輩を労わってあげようっていう先輩の気遣いなんだよ?」

「そ、それでもだめです……っ!」

「どうして? お酒でしか出来ない会話もあるんだよ?」

「ぐ、ぐぬぬ……」


 確か紺は19歳だ、お酒が飲めない。

 だから大人のセカイは分からないのだが、悔しそうにこう言い捨てた。


「な、なんか誘い方がっ……誘惑してるようで、ハレンチなんですよっ!」


 俺はツッコミを入れた。


「は、ハレンチってなぁ……」


 ちょっと見ていてヒヤヒヤする。

 紺が俺の上司にこんなずけずけと言うだなんて。

 俺はどうフォローしたらいいんだ。


「それに、社内恋愛はトラブルの元なんですからっ!」

「ぶっ!」


 これだよこれ。

 しかもどうなったらそんな発想になるんだよ。

 俺が気まずくなるからやめてくれ。


「ふぅん、じゃあ私が菊川君と付き合ったらどうする?」

「いやいや」


 先輩も話に乗ってしまった。

 すると、紺は間髪入れずに答える。


「それは……祝福しないといけないですね……!」


 人の幸せを願えてえらい!

 じゃないんだよ、何言ってんだ。


「バカなこと言ってないで味わえよ、冷めるぞ」


 だけど、紺は言うのだ。


「保温にしてるから大丈夫です」

「そういう事で言ったんじゃない」


 会話が変な方向に行かないように食べる方向に軌道修正したんだよ。

 距離が近かったら頭を軽く叩いてたからな。

 まったく……と呆れながらお好み焼きを口に運ぶ。

 その様子をクスクスと笑いながら、先輩は聞いてきた。


「菊川君はどうなの?」

「はい?」


 チラリとこちらに視線を向けてきた。

 一体何のつもりか、アピールするように胸元も向けてくる。


「キミは全然女っ気がないからさ、異性に興味あるのかなって上司としては心配だよ」


 それに紺も同調する。


「わ、わたしも気になりますっ!」

「いやいや……」


 男だからあるに決まっている。だけど、


「俺には縁のない話なんで、そういう事はあんまり考えないですね」

「ふーん」


 そして、先輩は紺の方を向き尋ねた。


「どう思う?」

「全く失礼ですね、こんな美少女二人に囲まれているのに欲情の一つや二つしないなんて」


 何考えてんだ、するわけないだろうが。

 欲情なんかしたらキモがられるに決まっている。


「ま、今は性欲より食欲の方が勝るってことだ」

「どうせ私よりお好み焼きなんですよね、ふん」

「冷めるとまずいだろ」

「ふーんだ、こんなに美味しい料理を作ってあげてるのに」


 それは確かに感謝している。


「そうだな、紺の作る料理はいつも美味しいよ、ありがとう」

「……っ!」


 紺は頬を赤らめた。

 やっぱり今日も紺は可愛い。

 と、油断をしているとすぐに調子に乗る。


「じゃあ……はい、あーん」

「なんだこれは」

「ほら、口開けてください。あーんです」


 なんて、恥ずかしい事をするのだから困った。


「アツアツの食べ物を口に運んでやるから面白いリアクションをしろって?」

「そんな芸人の罰ゲームをしたいんじゃないですっ! それにもう、ふーってして覚ましてありますから大丈夫ですよ」

「そういう事じゃなくてだな……」


 大事なことだから何回も言うけど世間体を気にしてくれ。

 ほら、隣の焼津先輩も引いて——


「あーん」

「……はい?」


 お好み焼きを食べさせてやる。

 といった具合で迫ってきていた。


「あ、ずるいです。私もそっちに行きます」

「いや食わないから、ってお前こっちくんな」

「女の子にそんなこと言います!? 最低ですシューチさんは、意地でも食べさせますから」

「この子のは食べられて私のは食べられない?」

「だからやめろ、やめてください。二人とも料理で遊ぶな、遊ばないでください!」


 年下と上司に挟まれる俺は、タメ口と敬語を行き来してしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る