第25話 気を付けてね

「ごちそうさま、美味しかったよ」


 食べた後軽く雑談した後帰る流れとなった。

 紺の配信まであと3時間。

 準備をして軽く仮眠でも取れば間に合う時間だろう。

 別れ際、先輩は紺に言った。


「若いのに一人暮らしをしていてエラいね」

「そ、そんなことないですよ! まぁ慣れましたかね」


 お金を稼いで、自炊までしていることを称賛していた。

 だが、大人というのは野暮なことを聞いてしまう。


「にしても良い所住んでるんだね、自分で稼いでるんだよね」

「あ、えっとその」


 俺は先輩を止めた。


「仕事に関して詮索することは良くないですよ」

「あぁ、確かに良くないね、ごめんね紺ちゃん」

「いえいえ気にしないでください。でも変な仕事じゃないので安心してください」

「そこまで紺ちゃんのことを疑ってないから安心して」


 紺の仕事はバレてはいけないから一瞬ヒヤッとした。

 バレれば俺との関係も芋づる式にバレかねないからだ。


「まぁ女の一人暮らしは危ないから、気を付けてね」

「もちろんです、シューチさんに守ってもらうから大丈夫です」

「俺を当てにするのよ」


 まぁ、女の子に頼られるのも悪くはないかな。

 そこでふと思う。


「ていう先輩も一応女性ですよ」


 すると、目をぱちくりさせて先輩は言った。


「あれ、私を女扱いしてくれるんだ」

「そりゃあ当然じゃないですか、俺をなんだと思ってるんですか」

「奴隷かな?」


 即答だった。大喜利じゃないんだぞ。


「はぁ……わりと当てはまって悲しくなるのでやめてください」


 がっくりとうなだれる。

 もしかして本当にそう思われているのだろうか。

 すると紺が口を挟んできた。


「違いますっ!」


 また、強引に俺たちの間に入ってきてはこう言ったのだ。


「私がシューチさんの奴隷です!」

「また変な誤解を招くからやめてくれ」


 先輩も会話に乗ってきた。


「もしかして性奴隷?」

「もしかして酔ってます?」


 紺にも同じことを言われたな。

 この二人似ている? 

 気が合うんじゃないだろうか、と思いながら紺を引きはがす。

 だけど、先輩はウケたのかクスリと笑った。


「ふふ、二人は本当に仲が良いんだね」

「当然です、だってシューチさんは私の恩人ですから」


 その“恩人”というワードに先輩は反応した。


「そうだ、それ。一向に君たちの関係を教えてくれないよね、聞いちゃダメなの?」


 無粋なことを聞くのは承知だけど、と付け加えて先輩が尋ねる。

 ここまで仲良く飯食った関係だ。

 言わないのも逆に失礼かもしれないと思った。

 だけど、俺は嘘でも本当でも、自分の中にある芯を貫く。


「やっぱり難しいですかね……」

「そっか」


 先輩は残念そうに告げるが、続きがある。


「勘違いしないで欲しいんですけど、大事にしたい思い出ってあるじゃないですか。それをべらべらと他人に言いふらすような事って、なんだか勿体ないと思うんですよね」


 言うならば、推しのグッズ。

 アクリルキーホルダーやラバーストラップとかだ。


 普段使いしてもいいのだが、使っていると手垢やホコリで汚れてしまう。

 だから俺は心というガラスケースに保管しておきたいのだ。

 そこまでは言わなかったけれど、先輩はすごく納得してくれた。


「素敵だね」


 一瞬ドキリとしてしまう。


「ありがとうございます」


 先輩は基本多くは語らない。

 だけど、俺の言葉に共感してくれたようだ。


「私にもそういうのあるから、分かる」

「分かってくれて良かったです」


 俺がホッと胸を撫で下ろした後、先輩は言った。


「大事にしようね」

「あ、はい……そうですね」


 紺を放置してしまった。

 そう思い、彼女に視線を向けると顔を真っ赤にしていた。


「……な、なんなんですかぁ~~っ!」


 そんな風にさせるつもりじゃなかったんだけどな。

 俺と先輩は紺を見ては苦笑していた。


「まぁ……とにかくしつこいけど、一人暮らしするなら本当に気を付けて、キミは思った以上にすごく可愛い女の子だから」

「せ、宣戦布告ですか……?」

「おいやめないか」


 誉め言葉なのに敵対心を見せる。

 だけど、先輩も


「もちろん、キミには負けないつもりだよ」

「や、やっぱり……っ!」

「ふふ、若い子には負けられないからね」


 と、笑顔で返していた。

 まぁ、仲は悪くはなさそうだし、そんな二人を見るのは悪い気分ではない。


「可愛いから変な人に襲われないか本当に心配」

「シューチさんにですか?」

「しばくぞ」


 笑えるのはここまで。

 この言葉の裏には別の意味も含まれていたのだ。


「まぁ、こうお節介焼いちゃうのもさ——最近マンションで妙な奇声を上げる子がいるんだよ。多分女の子……かな? 裏声なら男でも出せるから性別はわかんないけど」

「え“っ」


 紺が真っ青になっていた。


「紺ちゃんは聞こえない?」

「アァ……エト、ハイ……」


 そして、狼狽えていた。


「そっか、基本的に夜になったら外から聞こえてくるの、まるで疲れた社会人の帰宅後を狙ったかのようなタイミングだからびっくりするよね」


 それは間接的に紺に向けたものだが、先輩は知らない。

 配信中、まれに奇声を上げている事を……。


 視聴者の俺としての意見だが、女の子の奇声はご褒美だ。

 乱暴で汚い言葉、それだけで視聴者は皆楽しくなれる。


 そして時間帯だが、紺は学生や社会人の帰宅時間を狙って配信を始めている。

 だから、先輩の発言に対して否定はできないだろう。


「えぇっと……私は……その、き、気を付けますね……」

「戸締りもしっかりね」

「あ、ハイ……窓はちゃんとシメマス……」

「どうして片言なの?」


 不思議そうに傾げる先輩。

 もうやめてあげてくれ。


「先輩、もうそろそろお邪魔しましょう。」

「そうだね、じゃあ紺ちゃんばいばいまたね——」

「は、はいっ、それではっ!!」


 バタン、ドタドタッ!

 扉を閉めると、脱兎のごとく逃げるように走り去っていく音が聞こえる。

 俺はその後ろ姿を見て、ちょっとだけ悪いことをしたなと思ってしまった。


「紺ちゃんって意外と元気っ子なんだね」


 そうだ。俺だけが知っている。

 紺ちゃんが今日も可愛いことを。


「明るくて元気な子です」


 皆を楽しませて、笑顔にする力がある。

 俺にはない才能を持っているのだ。


「うん、よく見てるね。上司として後輩がこんなにいい子だと嬉しいよ」

「そうですか」


 そして、先輩は踵を返す。


「じゃあ次は職場で、ゆっくり休日過ごしてね」

「はい、先輩も。お疲れ様です」

「お疲れ様」


 そう言い、俺も踵を返してふと呟いた。


「今日も可愛かっ……じゃなくて、美味しかった」


 思わず本音が出かける。

 でも本当に紺はよくしてくれるし、楽しい。

 だからこんな日々が続けばいいなとも思ってしまう。


「まったく、ダメなのになぁ……」


 この時の俺はちょっと自惚れていたかもしれない。

 まだ大丈夫、怒られないなんて。


「こ、コンに男……だとぉぉぉ……ッ!?」


 それは女の影だった。

 誰が想像していただろうか。

 俺たちのあのやり取りを見ている奴がいたなんて。

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