第17話 不法侵入

 病気は、自分には関係ないと思っている時にやってくるのだから余計にタチが悪い。

 だから身構えることもなく、身体の自由を奪われてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 買い物中、気分が悪くなってきた俺は早めに買い物を切り上げた。

 久しぶりに買ったお米が重く、関節痛を悪化させているような気さえする。

 ようやく帰宅した俺は買い物袋をキッチンに直置きし、すぐに布団の中に入り込んだ。


「……し、しんどすぎる」


 配信を観ながら身体を休めようと思うも、頭痛が収まらない。

 吐き気を催すような悪寒に耐えかねた俺は、スマホの画面を閉じてしまった。

 配信を観られないほどに、身体が消耗していたからだ。


「うぅ、死にそうだ……」


 何故俺は外に出ようと思ったのか。

 38度を超えるということは、それだけ辛いということなのに……。


「ごほっ! ……ゲホッ!」


 咳が出るたびに頭が割れそうな痛みに襲われる。

 同時に、ネガティブな感情が頭の中を埋め尽くしていく。


 あぁ嫌だ……。なんなんだこの病気は。

 こんなにも苦しい思いをしてまで生きる意味はあるんだろうか?

 いや、あるわけがない。

 だってそうだろう? こんな苦しみを抱えてまで生きていくなんて正気じゃない。

 あぁ、死ぬってどんな感じなのだろう。

 一瞬で終わるのか? それとも苦しむのか?

 ……どうせなら早く楽になりたい。


「はっ、いかんいかん。何を考えているんだ俺は」


 そんな事まで考えていると、インターホンが鳴った。


『ピンポーン』


 きっと宅配便か何かだろう。

 出られる状態じゃなかったので無視をする。

 しかし、何回も鳴り続けるチャイム音。……しつこいな。

 俺には出る余裕などないというのに。


「…………」


 こんな時に誰かがいてくれればと思うのだが、そうはいかない。

 一人暮らしのツラい所である。


「……」


 再び布団の中で横になる。

 何も考えたくない。ただひたすら眠っていたかった。

 だが、その願いとは裏腹に俺の元に危険が迫ってくるのだ。


 ドンドンッ!


「うっ……」


 来訪者に扉を叩かれビクついてしまった。

 寝ていたせいもあって、心臓がバクバク鳴っている。

 また悪いものが近寄ってきたのではないかと身構えてしまうのだ。


「うるさいんだよ……静かにしてくれよ……」


 風邪以外に悪いものがやってくると、対処が出来ない。

 たとえば……一番マズいのは強盗だ。

 弱っている時に来たら何も出来ない上に、どんな危険に晒されるか。


 ……想像しただけでも恐ろしい。

 そんな事を思っていても相手に伝わるはずもなく、無情にも扉の向こうから嫌な音が聞こえてきた。


 ガチャッ、ガチャガチャッ!


「……えっ!?」


 誰かが家のドアノブを動かしている。

 これは家の中の様子を伺っているのではないか。

 怖い、怖すぎる。


 ……これはきっと強盗だ。

 今頃、俺は本来仕事に行っている時間。

 だからこの家が狙われた事が予想される。


 だから俺は可能な限り咳払いをした。


「ゲホッ、ゲホゲホッ、ゴホッ!!」


 わざとではなく、ガチな咳だ。

 こうすれば外の相手に俺の存在が伝わるだろうと考えた。

 だが、それに躊躇うことなく外の相手はドアノブをイジるのだ。


 ガチャガチャ、ガチャッ……ガチャッ!


「……止んだか?」


 相手は諦めたようにドアノブから手を離し、どこかに去っていった。

 足音がどんどん遠くなっていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……よかった……」


 まぁ、普段から家に盗られるような貴重品は置いてないので警戒する必要がない。

 高額なポケ〇ンカードが置いている事もない。


 今一番リスキーなのは、強盗と出くわす事だ。

 だからホッと胸を撫で下ろした瞬間、そいつはまたやってきた。


 ——カチャ、カチャカチャ……。


「……は?」


 それはドアのカギをこじ開ける音だった。

 ——ピッキングだ。

 相手はドアのロックを解錠しようと試みている。


「どうしてこんな時に限って……!」


 俺は慌てて玄関に向かい、チェーンを掛けたいのだが身体が言う事を効かない。

 そして間もなくドアの鍵が解錠されてしまった。


「……ッ!」


 バタンッ!

 勢いよく扉が開かれ、外にいた人物が中に入ってくる。

 俺は布団の中で身体を隠すしかなかった。

 今の格好はパジャマだし、何の武器も持っていない。

 そもそも自由の利かないこの身体では、強盗とやり合うことなど出来るはずもない。

 だからこうするしか他ないのだが——


 ——ペタ、ペタ、ペタ。


「(こっちに向かってきている……!?)」


 足音が近づき、緊張が走る。

 布団の中で息を殺しながら相手の出方を待った。

 すると、俺の近くで立ち止まったのか気配を感じた。


「……」


 俺は恐ろしくて声が出せなかった。

 ただただ恐怖だけが募っていくばかりだ。

 だが次の瞬間、予想外の出来事が起きる。


 ——バサッ!


「——うわあぁぁっ!?!?」


 いきなり布団が剥ぎ取られてしまい、思わず悲鳴を上げてしまった。

 俺は必死になって身体を隠したが、その相手は容赦なく迫ってくる。


「だ、大丈夫ですかっ? すごい熱じゃないですか……っ!」

「……は?」


 間抜けな声というか、眉間に皺を寄せてしまうような声が出た。

 何故なら、そこにいたのは紺だったからだ。


 一体どうしてこんなことを?

 そう思った矢先、彼女は言った。


「もう安心してくださいっ、私が助けにきましたよっ♡」

「……」


 もう呆れて言葉が出なかった。

 助けてと願ったら、本来求めていた助けがきてしまうとは。

 まぁそれはいい。

 少しだけ懐かしいような、説教の一言が出て来ざるを得なかった。


「……お前、不法侵入って知ってるか?」

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