第18話 看病

 なんとピッキングをして中に入ってきたのは紺だった。

 強盗じゃなかったので一安心だが、一言言ってやる。


「お前の頭に犯罪という単語はないのか」


 だがしかし、紺は悪びれもせずに言うのだ。


「だってシューチさん連絡を返してくれないじゃないですか」

「お前はメンヘラ女か」

「どこもヘラってません! だってあんなコメントを見たら心配になるじゃないですか」


 紺がこういう反応をするのは配信時、俺がしたコメントに風邪を匂わせたからだ。

 そして、俺のスマホを拾い上げロックを解除する。


「おい」


 そのままラインの画面を開くと紺の連絡がいくつも来ていたのだ。


「これはどういうことですか」

「いやお前がどういうことだよ」


 紺は連絡を返さないことに怒るのだが、俺は紺がスマホのロックを容易に解除してしまう事に怒りたい。


「シューチさんに何かあったんじゃないかって心配になったんですよ……」


 スマホを見るのすらしんどくて見ていなかったせいだ。

 まぁ、普段から来た連絡はなるべく早く返す方だから気になったのかもしれない。

 だからといって来ることないだろうに。


「自分の買い物のせいで体調を悪くさせてしまったと思ったら……」


 そんなしおらしい態度を見せられるとついつい許してしまいそうになる。


「はぁ……だからって家の鍵をこじ開けるか普通……」


 ため息混じりに告げるが


「えっ、だって心配だから普通です」


 その笑顔が怖かった。

 やはり安心はできない。


「鍵の開け方はネットに載っていたので試してみたんです、ホームセンターに工具があったので経費で落とそうかと思って」

「経費って何か知ってるか?」

「まぁ、これがダメなら窓の一部を叩き割って鍵を開けようとも思いました♪」

「人の迷惑ってのも知ってるか?」

「炎上しなければ迷惑の内には入りませんっ!」


 これで配信のネタができましたと言わんばかりな態度、コンプラって知ってるか?

 最近のVTuberもコンプラ研修を受けるというのにコイツときたら。

 若いし仕方ないのか?

 まぁ、それは置いておいてだ……。


「ゲホゲホ……お前配信はどうしたんだ?」


 俺は倦怠感で紺の配信を途中で切ってしまったから、その後を知らない。

 そう聞くと、紺の顔色が変わる。

 何かまずいことを聞いたか? そんな風に思っていると……。


「配信なんてめんどくさいです」


 ……なんか凄く面倒臭い事を言い出したぞこいつ。

 とりあえず理由を聞いてみることにする。


「急にどうしたんだよ」

「だって、ゲーム見てて面白いですか? 面白くないですよね? 私達ゲーマーだけどプロじゃないんですよ? お金を稼ぐために仕方なくやってるんです。でももう限界なんですよ!」


 なんかすっごい愚痴り始めたんだが……。

 こいつのメンタルどうなってんのよ。


「そもそもですね。ゲームで収益得ようとしている人達の方がおかしいんですよ。あれって結局企業案件狙ってるだけでしょ? 私はもっと自由に遊びたいんです! だから引退することにしたんですよ」

「ちょっと待て」


 あまりにもぶっ飛んだ話に思わず叫んでしまった。

 なんだか凄くネガティブな事を言っている気がするが何があったのか。

 まあ、確かにこいつは普段から文句を言わないし色々溜まっている事があるのかもしれないが……


「なーんて、嘘ですよ♡」


 ……この女、叩いていいかな?


「あっ、今『叩きたい』とか思ったでしょう。だめですよ暴力は」

「心を読まないでくれ」

「顔に出てますもん」


 紺みたいな可愛い子を叩けるわけがない。

 なんて思っていると、紺は俺の手を握ってきた。


「……シューチさんが私のこと嫌いなのはわかっていますけど、お願いします。私を見捨てないでください」


 紺はいつになく必死だった。

 いつも明るく元気で、俺に対しても屈託のない笑みを浮かべる彼女だからこそ、ギャップに尻込みしてしまう。


「シューチさんがいなくなったら私、生きていけません」


 まるで捨てられる寸前の子犬のような目で俺を見るのだ。

 そんな目で見られると胸が痛くなる。


「わかったわかった……別に嫌いじゃないし、好きにしていけよ……」

「あ、ありがとうございますっ♡」


 まぁしかし。

 先ほどの影を落とした表情とやらは何だったのか。

 ここでのやり取りが紺にとっての息抜きになってくれればいいなとも思った。


「とりあえずお見舞いに来たんですから何かしていかないと」


 そう言いながらエプロンを着始める紺。


「おいおいそこまでしなくても……」

「大丈夫ですよ。これからお母様には許可を取ろうと思います」

「ええと、そういう問題じゃないし何の意味が……げほげほ」

「咳がうるさいですね! とりあえずお粥作りますから大人しくしていてください!」

「え、えぇ……」


 怒られてしまった。

 今日は気性が荒いな?

 まぁ、なんだかんだ言いながら看病してくれるので、大人しくしておこう。


「で、想像は出来るが今日は……」

「そうです、おかゆを作ってあげますっ♪」


 すごくノリノリだった。

 まるで体育祭を張り切っちゃう女子みたいだ。


「まぁありがたいし、いつも作ってもらっておいてなんだが……こんな所で油を売ってていいのか? 配信の準備とか色々あるだろうに」


 わざわざ貴重な時間を割いてきてくれていることは分かっている。

 先ほどの発言も冗談だと分かったからこそ、彼女に気を遣ったのだが——


「別にそういうのいいんですよ」


 と紺は言った。

 どこかめんどうくさそうな態度を見せる。

 もしかして今、そういう仕事の話はやめて欲しいのだろうか。


「悪かった、じゃあお言葉に甘えて作って貰おうか……」

「既にそのつもりですっ♡」


 そして腕まくりをしてお米を洗い始める。

 その間、俺は紺に料理を任せて身体を休めることにした。

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