第4話 内見

 焼津先輩の紹介で、俺と紺は例の物件を見に行くことになった。

 事務所で物件情報を見せられてからというもの、紺は大はしゃぎ。


 内見当日、待ち合わせ場所に現れた彼女は、普段よりもさらにウキウキした様子で、俺を見つけるなり駆け寄ってきた。


「シューチさん! 今日は楽しみですね~♪」

「いや、内見だぞ。ただ部屋を見るだけなんだが……」

「その『部屋を見るだけ』が楽しいんですっ♪ もう同棲のイメージ湧いちゃってますよ!」


 紺のテンションについていける気がしない俺は、軽くため息をついた。


「お前、舞い上がりすぎだぞ。まだ住むって決まったわけじゃないんだから」


 元々、俺のストーカー被害のせいで考えたことだ。

 俺たちの住む場所から結構離れた場所での待ち合わせだが、こんな目立つことをすれば、また誰かに見つかるのではないかとやや心配になる。


「そんなこと言って~! 実はシューチさんもワクワクしてるくせに~?」

「別に……普通だよ」


 完全に図星だったが、彼女の前でそれを認めるのは癪だった。


「まぁいいですっ、ささ、いきますよっ♪」


 紺に手を掴まれ、引っ張られる。

 それだけは自然とついていけるような気がした。



 ◇◇◇◇



 内見先の物件は、焼津先輩が言っていた通り、防音設備が充実した最新の住居。

 玄関からリビングへと通されると、その広さに思わず声を漏らしてしまった。


「すげぇ……こんな広いのかよ」


 今まで住んでいた部屋よりも広く、そしてキレイで圧倒されてしまう。

 それは紺も同じ様子でイキイキとした表情を見せる。


「ほらほらシューチさん、防音室も見ましょうよ!」


 紺は俺の手を引っ張り、嬉々として奥の部屋に向かう。

 そこには小規模ながらもしっかりした防音設備が整った部屋があった。


「うわぁ、これなら夜中にうるさくしても安心ですね! しかも吸音パネルのデザインが可愛いですっ♡」

「そりゃ良かったな。俺には何がすごいのかよく分からないが……」


 初期の壁紙の時点でピンク調に整えられており、“明らかに”女性配信者向けの部屋の造りになっていることが分かる。

 もしかして、焼津先輩はこうなることを予想していたのだろうか……?


「吸音は大事ですよっ、だって隣の人に音が聞こえたらマズいじゃないですか?」

「まぁ、それは確かに……」


 俺が淡々と返事をする隣で、紺は部屋の防音性能にすっかり夢中になっていた。

 配信者としてのプロ意識……というより、彼女の場合、ただ単にこの部屋の雰囲気に酔っているような気がする。


 だが、その次の発言は予想の斜め上をいった。


「だって、私たち一緒に住んだら大きな音出しちゃうかもしれないですよ……?」

「えっ」


 不意打ちすぎて俺の思考は一瞬停止した。


「えっと、その……シューチさんがいいって言うなら、別に防音室を使ってあんなことや、こんなこともかまいませんよ……? ちょっと、恥ずかしいですけど……♡」


 俺の脳内にフリーズの警告音が鳴り響く。

 防音室を前にして発情する彼女は一体何を妄想……というか、発情しているんだ。

 どれだけ妄想力が強いんだよ。

 いやしかし、こんな会話誰かに聞かれていたらマズイ。


「わ、わかった、そういうのは後でしようぜ」

「えっ、どうしてですか……?」


 紺はきょとんとした表情で俺を見つめる。

 真剣な眼差しが逆にタチが悪い。


「お、お楽しみは後に取っておくのが良いんだからさ」


 そう諭すと、紺は納得してくれた。


「そ、そうですねっ……! って、ごめんなさい私ったらはしたないこと言っちゃって!」


 紺は真っ赤な顔で頭を下げる。

 その姿に俺も冷静さを取り戻しつつあったが、正直なところ、ちょっと嬉しい気持ちが混ざっていた。


「いや、いいんだよ」


 軽くフォローを入れると、彼女はほんの少し安心した顔を見せた。


 まぁ正直、紺も似たようなことを考えてくれていたから非常に嬉しい。

 もしかしたら顔に出ていたかもしれない。

 場所が場所じゃなければ、とことん話し合いたい所だけど、今は別だからな……。


 少しばかり心残りはあるのだが、雑念を振り払い、次の部屋へと進むのだった。



 ———————————————————————————————



 リビングに足を踏み入れた瞬間、紺の目が輝いた。

 天井が高く、日当たりのいい窓際からは街が一望できる。

 まるでドラマの中に登場するような高級マンションだ。


「シューチさん、見てください! 広いリビングですよ! ここなら撮影用のセットも組めますね!」


 紺ははしゃぎながら部屋の隅から隅まで駆け回っている。

 その明るい姿を見ていると、俺までなんとなく心が弾んでくる。


「いやいや、セットを組む以前に、そんなスペースを使いこなすかどうかだよ」

「だって、これだけ広ければいくらでもアレンジできますよ! ほら、ここにカメラ置いて……そこに照明をセットして……」


 紺は空間に目印を作るように手を振り回しながら説明を始めた。

 そのテンションの高さに、俺は軽く苦笑してしまう。


 紺は興奮したまま部屋の中をぐるぐると歩き回り、棚や照明をチェックしている。その姿を見ていると、俺も少しずつここでの暮らしを想像するようになってきた。


「ここにソファを置いて、そっちにテーブルを置いて……完璧じゃないですか!」


 紺が指差して家具の配置を語り始める。

 俺はその光景を眺めながら、ポツリと呟いた。


「お前、完全に住む気満々だな」

「もちろんです! だってこの家、私たちにピッタリじゃないですか?」

「いや、家賃がいくらかも分からないのにピッタリって断言するのは早すぎるだろ」


 俺が現実的な意見を口にすると、紺は少しムッとした顔で振り返る。


「そんなの私がいっぱい働けば解決です♡」

「おいおい、バチャ豚の次はヒモにさせる気かよ」


 そんなことさせるわけにはいかないと心の中で決心すると、管理人らしき男性がやってきて、家賃について説明を始めた。

 その額を聞いた俺は、思わず眉をひそめる。


「……やっぱり高いよな」


 予想を遥か上を行く金額だった。

 いくら焼津社長に9割負担してもらうとはいえ、なんだか申し訳ない部屋だ。


「まぁ、この家なら防音設備が整ってるし、配信の環境も最高だよな……」


 もし紺が望むなら、この部屋でもいいかな。

 そう思っていた時だった。



「でも……」


 紺の声が小さく漏れる。

 その言葉には、普段の明るい彼女にはない、少し戸惑ったような色が混じっていた。


「どうしたんだ?」


 俺が不思議そうに尋ねると、紺は目を伏せて少しの間黙り込む。

 そして、ぽつりと言葉をこぼした。


「……なんだか立派すぎて、逆に落ち着かないんですよね」

「え?」


 あまりに意外な返答に、俺は思わず聞き返してしまった。


「あ、いや、もちろん素敵なんですよ! 本当に素敵な部屋で、私も住んでみたいですけど……その……なんか、高級すぎて……」


 紺は微妙に言葉を詰まらせながらも、自分の気持ちを一生懸命伝えようとしているようだった。

 彼女の言葉に困惑しながらも、俺にはなんとなくその気持ちが理解できる気がした。

 確かに、この部屋は俺たちの普段の生活とはかけ離れた豪華さを持っている。


「貧乏性ってやつか?」


 冗談半分にそう聞くと、紺は慌てたように目を丸くし、すぐに頬を赤らめた。


「し、失礼ですね! でも……そんな感じかもしれません」


 紺は少し照れくさそうに笑う。

 その姿に、俺も自然と微笑みが浮かんだ。


「はは、そうだよな」


 彼女は元々「貧乏系VTuber」として活動していた。

 節約生活の知恵や手作りの工夫が詰まった動画は、多くの視聴者の共感を呼び、人気を集めていた。

 一方、俺も長い間安月給でやりくりする生活を続けていた。贅沢なんてしたことがない。

 そんな俺たちに、この高級マンションはどうにも身の丈に合わないように感じられた。


「まぁ、正直なところ、俺も少し背伸びしすぎてる気がするよ」


 俺は紺の気持ちに寄り添うようにそう答えた。


「ですよねっ!」


 紺はその言葉に安心したのか、ぱっと明るい笑顔を見せた。

 その笑顔には、どこかホッとした様子がにじみ出ていた。


「だって、こんな立派な部屋に住んだら、毎日が緊張しちゃいますもん。なんか壁を傷つけたり、床に何かこぼしたらどうしようって思っちゃいます」

「お前、家でそんないつもドタバタしてるのかよ」


 俺が軽くツッコむと、紺は「えへへ」と笑いながら肩をすくめる。


 結局、今回の内見で部屋は決まらなかったが、お互いの価値観を共有し、一緒であることを確認できただけでも成果としては十分ではないだろうかと思った。



———————————————————————————————————



 いつも読んで頂きありがとうございます。

 本日、同時に新しい作品を上げてしまいました。

 同じVTuberネタです、ガチで好きなネタなのでスイマセン苦笑


 こちらの更新もちゃんと続けていきますので許してください、何でもします。

 でも、少しはレベルアップしたモノを書けている自信はあるので、良かったら読んで頂けると嬉しいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る