第32話 おふざけ

 紺はキッチンに立ちパスタを茹で始める。

 一方、俺とイズミはリビングで待機する。

 俺はスマホで配信でも観ようと思ったのだが、隣に座るイズミがじっと見つめてきて集中できない。

 まぁ、確かに同じ空間にいるのに会話もないというのは失礼だろうが……。


「なんでそんなに見てくるんだ」


 するとムッとした態度で睨まれる。


「別にいいじゃない、別に減るもんじゃないし」

「俺の顔面はマジで減らなさそうだよな」

「確かに」


 否定しろ否定を。

 ……いや、肌年齢は減っているのか? 悲しくなってきた。

 そんな中、イズミは急にこんなことを言い出す。


「あんたってさ……彼女いないの?」

「いねえよ」

「へえ、そうよね。あんたみたいな奴ならモテたらびっくりするもの」


 ホント失礼な奴だな。

 だけど、ここで下手に反論したら負けなので黙っていた。


「そういうお前こそどうなんだよ」

「あたしも彼氏いないわよ、いたこともないし」


 意外な事実だ。

 性格はアレだが、見た目は素直に良い。

 だから、てっきりイケメンと付き合っているのかと思っていた。


「意外でしょ?」

「ああ、結構な」


 こいつは常に堂々としているから、恋愛経験なんてたくさんあると思っていたけど、案外ウブなのかな。まぁでも、こいつの場合普通にしていればモテそうだし、男には興味がないとかかもしれない。

 そんな風に考えていると、イズミは軽く笑った。


「嬉しいこと言ってくれるじゃん」

「別に本心じゃねえぞ」

「素直になりなさいよ、ほらほら」


 指で俺の頬を、柔らかい指で突いてくる。


「うぜぇ……」

「うるさいわね、このロリコン♡」


 口が悪い。

 だけど、どこか優しさを含んでいる気がした。


「っていうか、紺のことどう思ってるの?」

「え?」


 キッチンに立つ紺を見てしまう。

 調理の音で俺たちの会話など聞こえていないだろうことを確認し、言った。


「どうもなにも……ファンと配信者の関係だ。それ以上でも以下でもない」

「でも、気があるんじゃないの?」

「なっ」


 なんてことを言うんだと、俺は慌てて反応した。


「お、俺はそんな気はない」

「ご飯をアンタによく作ってくれるそうじゃない?」

「本当に、それでもだ」

「ふーん……そうなんだ」


 呆れるようにため息を吐き、イズミは言った。


「それ聞いたら勝負とかどうでも良くなってきたわ」

「なんだそれ」


 それから少しの間、お互いに会話もなく沈黙が流れる。

 そして、俺はこの空気に耐えきれず口を開く。


「てか、俺と紺の関係に何にも言わないのか」

「言うって何を?」

「配信外で視聴者と会う事がだよ」


 イズミは「あーね」と呟いた後、こう返した。


「建前上は関わるべきじゃないよねー分かる。でも私はどうでもいい」

「どうでもいいって……」

「それに、もし何かあったとしてもあたしは関係ない」


 冷たい目でこちらを見る。

 まるで、お前は俺のことを信用していないと突きつけるかのように。


「あたしにとって大切なのは紺の心だけよ」


 俺は言葉が出なかった。

 イズミが紺をどれだけ大切に思っているのかが伝わってきたからだ。


「まぁ、私はアンタに紺を盗られたみたいでキレたけど……」


 ややしおらしい態度を取るのでつい聞いてしまう。


「まぁ確かにそうだとは思うが……やっぱり仕事じゃないのか?」

「うわ、ホント頭硬いのねアンタ。モテないでしょ」

「お前みたいな生意気な奴に言われたくない」

「なんですって?」


 そこで俺は挑発するように言ってしまった。


「悔しかったら男の一人や二人捕まえてみろよ」


 男性経験のなさを悔しそうにするイズミ。

 だが、ふと何かを思いついたように軽く笑った。


「そう、だったらさ……」


 ぎゅっ。

 俺の腕を組んできた。


「は? 何をしてるんだ?」

「アタシなんかどうよ?」


 誘惑の仕方を知っているのか、上目遣いで見つめてきた。

 その長い睫毛に吸い込まれそうだ。


「やめろ、恥ずかしい」

「でも嬉しくないワケではないんでしょ?」

「この……」


 女耐性のない豚にそんな事をしやがって。

 地味に逆らえない衝動が襲うのでツラいんだぞ。


「ちょっと二人とも、私の前でやめてください!」


 紺が気付いたようで注意する。

 すると、イズミはいじわるな笑みを浮かべて言った。


「アタシはもう紺にフラれちゃったからねー?」

「何言ってるのっ、私たち友達でしょ! 大事なお友達!」

「うそうそ、本気にしないでよ。きゃはは」


 すると、イズミは腕を離してくれた。


「はぁ……心臓に悪い」


 紺が包丁を投げてきたらどうしようかと思った。


「もう……っ、イズミちゃんのことは本当に友達だと思ってるんだから、シューチさんを取る時はちゃんと言って!」

「あはは、しないしないこんな奴を」


 失礼だな。それに俺は誰のモノでもない。


「ま、良い反応が見られたからいいや。早くご飯にしようよー」


 丁度、料理が出来上がった事が分かったのだろう。

 イズミはご飯を催促した。

 まったく、コイツおふざけも大概にしてくれ。

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