第41話 親子丼

「さて、仲直りしたことですし、何か食べませんか?」


 ぐぅぅぅ……。

 紺が提案すると、俺と掛川は無意識のうちにお腹で答えていた。


「悪いが頼む。それで、今日は何を作ってくれるんだ?」


 空腹を覚えながら、俺は彼女に期待を込めて尋ねた。


「そう言ってくれると思って、いろいろ持ってきたんですよ♪」


 そう言って、彼女は手持ちの食材袋から鶏肉とネギを取り出し、俺の冷蔵庫に向かってさらに材料を探し始めた。


「あった! やっぱり使ってなかったんですね♡」


 紺は何かを見つけたようで、冷蔵庫から取り出し満足げな表情。


「やっぱりとはなんだ。やっぱりって」


 俺は彼女の一連の動作を苦笑いしながら見守るしかない。

 紺が取り出したのは、冷蔵庫の隅にひっそりと忘れられていた期限ギリギリの卵。

 その卵を手にし、何故か満足そうに微笑む。紺のその表情は、まるで長く探し求めた宝物をようやく見つけたかのよう。


 同時に、今日のメニューが決まった瞬間だった。


「今日は親子丼を作りますね♪ シンプルだけど……心を込めて♡」


 掛川と俺は「いいね」と彼女の提案に頷き、キッチンでの準備を手伝い始める。

 ……つもりだったが、紺の要望は軽かった。


「あ、シューチさんはご飯を炊くだけでいいですよ♪」

「そうか」


 いつも作って貰ってばかりなので今日は手伝おうと思ったらこうだ。

 そして、掛川にはこう告げる。


「美也子さんは調理してる所を撮ってもらえませんか? あっ、反射には気を付けてくださいね!?」


 そういい、紺は黒いレースで編まれた手袋を装着し始めた。


「コンちゃんもしかして動画を作るの?」

「はいっ、いつも配信ばかりでしたから。せっかくお休みをいただいたことですし、この機会にって思って♪」

「そっか、じゃあ映っちゃうといけないからシューチ君はここから外しておいた方がいいんじゃないの?」

「シューチさんは……ここにいていいです」


 紺は苦笑いしつつ首を振る。

 なんで? と聞こうとしたが、掛川は理由を察したようだ。


「あ~、まあいっか」


 そして、紺の言うところの撮影を始める。

 紺は手際よく鶏肉とネギを切り始め、その動作は慣れたものだった。彼女はフライパンに油を熱し、鶏肉をさっと炒めると、香ばしい匂いが部屋中に広がり始めた。


 掛川が「おいしそうな匂いがするね」と言うと、紺はにっこりと笑いながら「これからがポイントです」と答えた。

 彼女は炒めた鶏肉に水、しょうゆ、みりんを加え、煮込み始めた。煮汁が少し減ってきたところで、細かく切ったネギを加え、さらに混ぜ合わせた。


「ちゃんと“私たち”を見ててくださいねシューチさん?♪」

「え? あ、あぁ」


 炊飯器にスイッチを押し、役割がなくなった俺にそんな指示を出した。

 何となく紺が俺に期待していることが分かってくる。


「よーし、これでラストですよ~」


 煮込む間、紺は卵を割り、それを軽くかき混ぜた。

 そして、ほぼ煮えた鶏肉とネギの上にそっと流し入れる。


 フタをして数分、卵がふわりと蒸し焼きになるのを待つ間、彼女は手を止めずにキッチンを片付けた。


 やがて、紺がフタを開けると、完璧に蒸し上がった親子丼の具が現れる。

 彼女はそれを炊きたてのご飯の上にそっと盛り付けた。


「「お、おぉ……」」

「どうぞ、召し上がって下さい♪」


 出来立てホヤホヤの紺の親子丼である。

 俺たちは給食の配膳のように配られる器を手に取り、テーブルについた。


 そして、最後にやってきた紺が腰を下ろした所で手を合わせる。


「いただきます」

「いただきまーす♪」

「い、いただきます……!」


 一口食べると、甘辛い煮汁と柔らかい卵、そしてジューシーな鶏肉のハーモニーが口の中で広がり、思わず顔がほころんだ。


「こ、これは本当に美味しいよ……!」


 掛川が言うと、紺は安堵の表情を見せ、「良かったです」と微笑んだ。

 そういう俺には気になるモノがある。


「それ、邪魔じゃないか……?」


 紺は上からスマホで撮影しながら食事をしている。

 だが、手に持ちながらではない。


 テーブルにクリップのようなものを付け、それをスマホスタンドがわりにして動画撮影をしている。

 これが今の時代か……と俺はしみじみ思った。


「はい、ちょっと食べにくいですね」

「じゃあ、俺が食べさせてあげるよ」

「えっ!? そ、そんな悪いですよ!」


 俺は箸で親子丼をつまみ上げると、紺の口元へと近づけた。


「遠慮しないで」

「ほ、本当に……いいんですか?」


 俺は頷き、口を開けるよう促すと、紺は少し顔を赤らめながら口を大きく開けた。

 そして、俺はその中へと親子丼を放り込む。


 すると紺は口を閉じてもぐもぐと咀嚼する。

 飲み込み終えた後、口を開いた。


「えへへ、すごく美味しいですね……あの、もっと食べさせて頂いて良いですか?」

「もちろん」


 俺は箸で親子丼をつまみ上げた。

 そして口元へと運んでいくと、紺は目を瞑り小さく口を開く。

 その口の中へ放り込もうとした瞬間、掛川がキレだした。


「ち、ちょっと撮影中に何やってるんですか、このシーンボツですよボツ……! まったく、私だってコンちゃんに……じゃなくて、撮れ高がなくなるのでやめてくださいよ……っ!」

「良いじゃないか、減るもんじゃないし」

「だ め で す ! ……まぁ良いでしょう、後で確認しておいてくださいね」


 そう言いながら掛川は俺の隣で黙々と食事を続けた。


「確認しておけ?」


 俺が? まぁいいか。

 そして時折、紺がこちらに向けてニコニコと笑顔を見せるのであった。


 その日の食卓は、これまでの不穏な空気を払拭し、新たな和解の場となった。

 鶏肉と卵を使った親子丼は、温かくて慰めになる一品だ。料理を通じて、家族のような暖かさや安心感を与えてくれる。


 紺の手作りの親子丼が、ただの料理以上のものとして、俺たちの繋がりを一層深めてくれたのだった。

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