第40話 仲直り
私、掛川美也子が推しを追いかけるようになったのはいつ頃だろう。
両親が言うに、可愛いものが好きで、アニメや漫画を見始めたのは小学校低学年の頃だそうだ。
それから少女漫画やラノベなどを読み漁り、キャラクターが可愛い衣装を着ている姿を見て惚れ惚れしたとのこと。だが、自分自身が女の子らしいことが出来ず、似合わないと感じてずっとオタ活をしてきた女である。
ある日、漫画やアニメのようなキャラクター達のように輝くVtuberに興味を惹いた。
丁度就活の時期も重なり、自分の趣味をどうすればいいか悩んでいた時期でもあった。
あれこれと調べているうちにこれだと確信した私は、Vtuberマネージャーの道を選んだ。
きっと安易だったと思う。
とりあえずといった形で無名の事務所に応募した私だが、マネージャーの仕事なんて何一つ知らないし、新卒だからポテンシャル採用となるが……何をアピールしていいかも分からない。
「はぁ……やめておけばよかった」
Vtuber事務所『Anycode』への面接にやってきた私は、椅子に腰掛けながらそう呟いていた。
流石にボロアパートの一室が事務所は酷い。
将来のことを考えて普通に公務員とか、普通の一般企業を受ければ良かったと後悔していた。
ネガティブなのに、思い付きで行動して突っ走ってしまう悪い癖のせいか、この現状に思い悩んでいたのだ。
「はぁ……なんでこんな所にきちゃったんだろう……」
事務所がアパートの一室なんて酷すぎる。
そう思い帰ろうとした時だった。
「あ、あのう……大丈夫ですか?」
「え……?」
それはコンちゃんとの出会いだった。
まだ彼女が『絹川コン』という駆け出しのVtuberであったことは知らなかったが、一目惚れだったと思う。いや、一目惚れだった。
これが私の原点だと感じながら、彼女を少しでも支えようと必死に頑張っていたことを思い出す。
「面接なんかより自分をを大事にしてください、日程は私に任せていいですから♪」
……そんなこと言われた、見ず知らずの私なのに。
私は貴女にデビューしてほしい。
絶対に有名になるのだから。
そうして、彼女のマネージャーになるのはそう時間は掛からなかった。
「よろしくお願いします、掛川さんっ♪」
私たちは普通に遊びに行くような仲だった。
といっても、私が忙し過ぎるから予定を合わせてくれるのはコンちゃんなのだけど。
貴女に大好きと伝えたらどう思うだろう?
きっと心の底から喜んでくれるに違いない。
……しかし、それがきっかけで彼女に嫌がられたらどうしよう? そんなことしたら本当に嫌われる気がして怖い。私は臆病で、小心者なのだ。
でも、それでも……大好きな貴女を応援したい。
(だから……コンちゃん! 私を信じて! 貴女を人気者にさせるためにここにきたの!! それを信じて……!)
私が必死に営業で案件を集めてきた。
想いが伝わったのか、彼女は私に感謝し、仕事を快く承諾してくれたのだ。
だから、いつからこうなってたんだろう……って、すごく後悔していた。
◆◆◆◆
「これからもずっと好きでいるし、一緒にいると楽しいので嫌いになったりしません。企画や案件があれば喜んで受けたい……だから今だけは思いのままに休ませてもらえませんか?」
……と、それを聞いた掛川は動揺していた。
「そ、そんな……」
「でも、私は掛川さんと一緒に仕事がしたいです」
紺が押し殺していた想いをようやく吐露してくれた。
自分のことを大事にしてくれるのはもちろん嬉しいのだが、時には自分のワガママも受け入れて欲しいのだ。
そのバランスを上手く取ってくれるマネージャーがいれば、一緒に頑張っていけると紺は話す。
「だから、もう一度一緒に頑張りましょう……?」
しかし、それを聞かされても納得のいかない掛川だった。
「だ、ダメだよ……私は好きなことになると強引で突っ走るし、コンちゃんの負担をかけて迷惑になるだけ……ま、マネージャーを降りた方が良いと、思ってる……」
「何を言ってるんですか、これまで一緒に頑張ってきたのに! もしかして、私が一度拒絶したから怖くなったんですか?」
「う、それは……っ」
事実なのだろう。
仮にも、推しである彼女にあんなことを言われたら少し思う所があったのだ。
「最初に言いましたよね? 活動を通してお互いのことをよく知っていきたいって……私、まだ掛川さんのことを知らない部分が多いです。だからこれからもっと仲良くなっていけたらなって思うんです……」
今の紺は、明らかに掛川側の気持ちも汲み取れていた。
だからこそ紺は真摯に想いを伝えたのだ。
「だから……今回のこと、掛川さんにもすごく迷惑と心配をかけたのでそれは本当にごめんなさい。もし許してくれるなら……今日ここから始めまたいです。私のことも知って欲しいし、掛川さんのことも知りたいです……」
「こ、紺ちゃん……!」
ここで掛川も観念して頭を下げる。
それから少しづつ思いを話してくれた。
「ご、ごめんね……わ、私はコンちゃんが好きで、皆に愛されてて……もっと人気者になってほしかった……」
「はい……」
「だから頑張ってたの、コンちゃんがその期待に応えてくれてたのに、どうして今になってこんなことをするのか、分からなかったの……」
「それは、ごめんなさい……」
掛川は両手で顔を覆い、肩を震わせていた。
そして両手を下ろすと、涙をぬぐいながら泣き始めたではないか。
紺も申し訳なさそうに頭を下げた。
「だ、だけど……!」
掛川は顔を上げて紺に向き合った。
「も、もう大丈夫……上の方には、わ、私が説得しておくから……」
「い、いいんですか? 昨日のアレはドッキリだって言ってもいいかなって……」
「ううん、あのまま行こう……だって本当にしんどかったんでしょう? じゃなきゃここまでしなかったでしょ……? だ、だから私に任せてくれない、かなぁ……?」
少し無理をした笑みを見せる。
きっと上司に怒られることは想定済みだが、あくまで紺に悟られないように。
今頃はお腹がキリキリして仕方ないと思う。
「分かりました……ワガママを聞いてくれてありがとうございますっ♪」
それに対し、紺は精一杯の笑顔で掛川にお礼を言ったのだった。
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