第12話 おい待て

 食べた後、すぐに動くのはしんどいであろうと、紺と軽く雑談する。

 それはピロートークや修学旅行の夜のような楽しみがあった。

 しかし、楽しい時間はもう終わる。

 シンデレラにはもう帰ってもらわねばならないのだ。


「紺ちゃん、今までありがとうな」

「どうしてそんな寂しい事を言うのですか」

「だって野菜は使い切っただろ、これでもう約束も恩返しも終わりだ」


 玄関まで見送りする際、俺はちょっとキツめに言ってしまった。


「……もう、料理を作りにこなくていいからな」

「どうしてそんな事を言うんですか」


 彼女は泣きそうな顔になる。

 いかんいかん、言葉が足らなかったようだ。


「違うぞ……俺は豚、じゃなくてファンとアイドルという関係だから会っちゃいけないんだよ」


 俺はその一線だけは越えたくない。

 俺と紺ちゃんだけじゃなく、ファンの幸せを願えばこそだ。

 その全ての幸せが成立してこそ、絹川コンというアイドルが輝くんだと思う。


「そうですか、私達の関係は秘密にしないといけないんですね……」

「そうだ、それが一番良い形なんだ」


 紺の頭を撫でながら優しく諭すように言う。

 名残惜しいけど、こうあるべきなのだ。

 そして、俺は感謝の気持ちを伝えた。


「紺が来てくれて嬉しかったし楽しかった、それは本当に感謝してる」

「本当ですよ、こんな美少女が来たんですから感謝して欲しいです……」

「謙虚なフリして図々しい態度だな? まぁ……紺のおかげで気付けたこともある。ちょっとは食生活を見直そうと思う」

「本当に見直せるんですか?」


 さもまた来ましょうか、私必要ですよね? と言わんばかりな態度。


「染み付いた生活習慣でもあるからな……」

「ほらやっぱり、今からでも遅くはないですよ、私に来てくださいって言いませんか」

「言うわけないだろ、それにな——」


 恥ずかしいけれど、伝えてみた。


「——俺はお前の配信さえあれば何も要らないんだよ」

「……っ!?」


 予想外の言葉だったのか、紺は照れていた。


「そ、そんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ」

「そうかな、コメントでは何度も言ったと思うが」

「直接言うから照れるんですよっ!」


 開き直って言ってみせると、紺はぷんすかと怒り出す。

 その姿はまるで、アンチコメントをギリギリ冗談で受け流す器用さが伺えた。


「じゃあ……元気でな」

「はい……」


 だが、肝心なところはあまり納得してくれていなかった。


「……また来ますから」

「来ないでくれ」

「……また来ますから」

「もう来るな」

「……また来ますから」

「おい、来るなって言ってるだろうが!」

「なっ、なんでですかぁっ!」


 逆ギレしだす紺。


「せっかくお別れムードを作ったのに、さっきまでのしみじみとした空気がぶち壊しじゃないか」

「だって私の配信さえあれば何も要らないとか、そういう事言うからじゃないですかっ!」


 俺たちのやり取りは、どこまで行っても平行線。

 結局、俺は紺が帰るまでこの押し問答を続ける羽目になった。



 …………………………………………………………………


 そして、紺は俺の部屋から出て行き、岐路に着いた。

 一人残された部屋で、ふと呟く。


「はぁ……疲れた……」


 結局、俺が無理矢理意見を押し付けて話は終わりになった。

 楽しくなかったといえばウソになるが、あそこまで頑なに受け入れないとは。

 別に俺は贈り物をしただけで大したことはしていないんだよな。

 何があいつを動かしているのか。


「なんか良い匂いがする気がする……」


 ふと、鼻をくすぐる感触を覚える。

 紺の匂いだろうか。

 洗剤でもシャンプーでもない、どこか心が落ち着くような甘い香りだった。


「今日も気持ちよく眠れそうだな……」


 今日の紺も可愛かった。

 リアルの絹川コンにはとても癒されたし、配信とはまた違った良さがあった。

 だからこそ、尾を引かれる想いがあり、彼女の気持ちを拒絶するのは非常にエネルギーを使うものであった。


「さて、寝る前にちょっとスマホを……ん?」


 一瞬、紺の忘れ物かと思ったが違う。

 テーブルの上に置き手紙があった。

 可愛らしい便せんに、わりとキレイな文字が綴られている。


「あいつも粋なことするよなぁ……」


 俺の影響を受けたのか、はたまたファンサービスか。

 ティッシュの用意は出来ている。

 ここに何が書かれていても俺は驚かないし、泣かないぞ。

 そう期待と緊張の入り混じった気持ちで中身を拝見すると——


『拝啓、親愛なる貴方へ


 今宵は月が綺麗ですね。

 この度は私の手料理を美味しくいただけましたでしょうか。


(以下略)


 さて、貴方のお手元にスマートフォンが無くなっているのにお気づきでしょうか。

 これで私の配信が観れなくなりましたね。

 返して欲しくば 〒***-**** ○○市(以下略)番地(以下略)丁目——


 怪盗・絹川コンより』



「……は?」


 きっと食器を洗っている時に書いたのだろう、ちょっとだけ走り書きにもなっている。

 それよりも確かにスマホがない。

 ということは、盗られたのだろう。

 Vtuber絹川コンもとい、榛原紺という女に。


 手紙には取りに来いと書いてある。

 また彼女と会う口実が出来てしまった。

 だが、期待と不安が入り混じる心境の中、俺は叫ばざるを得なかった。


「俺の個人情報おおおおおおおぉぉぉぉ——ッ!?!!?!?」

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