第13話 放送事故

 俺、菊川周知きくかわしゅうちは豚である。

 生物上の豚というワケではないが、豚と言っても過言ではない。

 Vtuberを推すことを趣味としている俺は、とんでもなく気持ち悪い自覚があるからだ。


 だけど、いくら豚でもやっていい事と悪い事があるではないか。

 こんな仕打ちあんまりだ。


 ——俺は紺にスマホを盗られてしまった。

 個人情報の塊である。


 幸いロックを掛けていたので、ヤバイ情報がそう簡単には抜き取られはしないだろうが、時間の問題だ。最近はロック解除の方法・ツールなどがネットに出回っているので、紺は解除してしまうかもしれない。


 ……いや、彼女がそんな事をするだろうか。

 ただのイタズラだと思う、案外マジメな所があるし。


 だけど、ヤバいのは会社の緊急の連絡が来ていたらどうしよう、だ。

 滅多にないが、休日に仕事をしている上司から連絡を入れてくることがある。

 出来れば対応したい。

 だから俺は紺の家に行かざるを得ないのだ。


「ここか」


 休日の昼前。

 俺は紺の住んでいるであろうマンションに来ていた。


 インターホンを鳴らすと、無言で扉が開いた。

 まるで、魔王城に迎え入れられた勇者のようだ。

 これからとんでもない試練が待っている、と言わんばかりな重たい空気を勝手に感じてしまう。


「……」


 紺の部屋の扉には変な貼り紙があった。


『シューチさん、勝手に入ってください』


 防犯意識の欠片もない、貼り紙だった。

 だが、好都合ではある。

 変に待たされて余計な時間を食う事よりも、さっさと奪い返して撤退すべきだ。

 何故なら、俺は紺と会うべきではないからだ。


 そして——靴を脱いで上がると、部屋はシンとしていた。

 玄関には女物の靴しか見当たらなかった。

 しかも、少ない。本当に紺は家にいるのだろうか、なんて不安感に襲われる。


 だけど、エントランスを抜けた先、奥の部屋から何やら物音が聞こえてきた。


「あそこだな」


 紺がそこにいると思い、ガチャリとドアを開ける。

 すると——


「んでさー買い物に行ったんだけどその時の店員さんの……へ?」


 部屋に入ると紺がゲーミングチェアに座ってマイクに向かって喋っていた。

 手にはゲーム機を持っている。

 あ、これは間違いない。


「はわっ、わわわわわッ!?」

「~~~~ッ!!」


 俺は口を押さえて部屋から出た。

 Vtuberにとって、配信現場は裸だ。

 浮気現場を目撃したような、風呂を覗いてしまったなんちゃってスケベみたいな。

 そんな気分になるのは俺だけだろうか?



 ………………………………………………………



 俺は謝罪をしようと紺の配信が終わるまで待っていた。

 そして数十分後、ガチャリと扉が開く。


「はは、来てたんですね……」


 紺ちゃんは今日も可愛い。

 白雪姫に出てくるような美しさだ。

 人形のように整った顔立ちをしており、手足が細い。

 だが、そんな子がスウェット姿でいる。

 何とも新鮮な気持ちを覚えた。


「そりゃあ、な……スマホがないんじゃ困るしな」


 気まずい空気が流れる。


 ——これが俗に言う『放送事故』というものだ。

 あれは確かに『ゲーム配信』をしていた。

 しかし……それは俺との用事が終わった後にするべきではないのか?

 今日のスケジュールは18時からの配信だけであったはず。

 なのに、ゲリラ配信をしているだなんて思いもよるまい。


「なんで配信してたんだ」


 そう尋ねると、紺は少し申し訳なさそうな顔をした。


「最初はシューチさんを待ってたんです、今日休みだって知ってたので」

「俺のゴミ漁ったもんな」

「でも休日でも仕事をしていると思ったから、私も配信しようと思って」


 とんだ勘違いをされている。


「ブラック企業でも休日はあるんだよ」


 それに、スマホがないと仕事にならない事がある。

 だから来たんだよと言ってやると紺はこんな事を言う。


「えっ休日はあるんですか? 私の視聴者さんも……」

「コメント欄は構って欲しいがあまりに独断と偏見の混じった愚痴を吐いてしまう場所だからあんまり本気にするな」


 まぁブラック企業の定義など人によって違う所があるからな。


「そうなんですか、よかったぁ……」

「なんでだよ」


 俺が配信中に凸ってしまったのに。

 優しい笑顔でこういうのだ。


「シューチさんが大変な思いをしているのは嫌ですから、えへへ」

「……まったく」


 優しい奴だ、思わず頬がほころんでしまう。

 こういう所を見せるから、変なことをされても許してしまいそうになるのだ。


「じゃあ大人しく待っていた方が良かったですね」

「そりゃそうだ」


 で、俺は本題に入った。


「なんでスマホを盗んだんだ」


 すると、紺はしおらしい態度で答える。


「シューチさんともう会えないと思って……」

「はぁ……」


 女の武器というのを理解ってやがる。

 弱い所を見せられたら、男は許さないといけないのだ。

 まぁ、俺が無理矢理突き放したのが悪かったのかもしれない。

 せっかく今日は時間があるのだから、昨日話せなかった分、しっかり説得をすれば——


「だから、スマホのロックを解除しました……」

「おい」


 それは越えちゃいけないラインだろう。

 まさかコイツがそんな事をするとは。


「お前な、人のスマホで何しようとしてんだよ」


 ガシッ。

 思わず紺の腕を掴んで問い詰める。


「だ、だってもう二度と会えないならいっそ……!」

「お前を殺して私も死ぬみたいなヤンデレやめろ」


 マジで俺に恨みでもあるのかと思った。

 愛が憎しみに変わることは本当にあるのだろう。

 やはりこいつは危ない。

 一度キチンと話し合った方がいいだろう。


 と思ったら全然違っていた。


「シューチさんの連絡先を知ろうと思いました……」

「え、連絡先?」


 思わず聞き返した。


「はい、ラインの連絡先をシューチさんのスマホに入れておきました」


 越えちゃいけない”ライン”を越えた紺は、俺の"ライン"の連絡先を入手していたのだった。

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