第14話 私をどうしたいですか
紺は俺の連絡先を知る為にスマホを盗んだという。
確かに聞かれても教えなかった。
そりゃあもう会っちゃいけないという使命感で彼女と過ごしていたのだから。
「でも連絡先を知った所で俺は返事が遅いぞ」
暇人ではないしな。
仕事でスマホを見ていない時だってある。
すると、紺は目を潤ませて俺を見た。
「いや、だって……こんな形でも繋がれるなら、いいじゃないですか」
「……っ」
——ドキッとした。
本当に、心臓に悪い。
俺がどんな気持ちになるのかを理解しているくせに。
「……それで、スマホはどこだ」
俺はこの雰囲気に耐えられず、無理矢理話を変えた。
「はいこちらに」
紺は俺のスマホを金庫から取り出した。
ん、金庫……?
気にしないでおこう。
「よかった、職場から連絡はなさそうだな……」
「はい、そちらもバッチリ管理してましたから♪」
「は?」
何回この返事を繰り返しただろうか。
もう驚きたくないのだが、紺は言った。
「パソコンにラインを連動させておいて通知管理しておきましたよ♪」
「通知管理ってのは他人がするものじゃねえんだよ」
お前は束縛の激しいメンヘラ女か。
だけど、紺の様子を見る限り善意なんだよなぁ……。
本当によく分からないやつである。
「ていうかさ……」
「なんでしょうか?」
言っていいのだろうか、傷付かないだろうか。
まぁ、ふざけたことをされたのだからおあいこだ。
「……この手紙のセンスはないな」
「なっ、どういうことですか」
俺は紺の置き手紙を取り出し突きつける。
「怪盗とかちょっと古いというか、ノリが令和の時代に合わないだろ」
「どうしてですかっ、私は平成生まれですよ!」
全く関係ないし、返事がズレ過ぎている……。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺は手紙の内容を思い出しながら彼女に話す。
「まず『拝啓、親愛なる貴方へ』っていう書き出しはなんだ? 昭和の香りしかしないぞ」
「そうでしょうか? 私は結構好きなんですけどね」
意外と気に入っているようだ。
俺としては古臭いの一言で片付けたいところである。
「それに、『今宵は月が綺麗ですね』って夏目漱石が訳した言葉を知ってるのか?」
「知りません、なんですかそれ」
やっぱり知らないよな。
この言葉のせいで漱石は大変な目にあったらしいし。
俺は紺に向けて説明をした。
「その言葉には二つの意味があるんだ。
一つは純粋に褒める意味。もう一つは愛の告白だよ」
「えっ……そ、そうなんですか!?」
驚く彼女の反応を見ると知らなかったのだろう。
全く、こんなにも有名な言葉を知らないとは。
「まぁ、そういうことだから。これは却下だな」
紺は肩を落としていた。
だけど、ボソリとこんなことを言う。
「別にそういう事でも構わないのに……」
「…………」
俺はスルーした。
こういう所では変に反応してはいけないのだ。
それからしばらく、沈黙が続いた。
「それでシューチさん、私をどうしたいですか?」
「どうしたいって?」
紺の問いに質問で返す。
彼女はきょとんとした表情をしてこう答えた。
「私は怪盗です、シューチさんのスマホを盗みました」
「すごく焦った」
「そうですよね、だから私を捕まえにきたんですよね!」
鼻息を荒く鳴らす紺。
どうしたいって、いや別にスマホを取り返して帰るだけだが。
「捕まえてどうするんだよ」
「そりゃあんなことや、こんなことまで……やん……♡」
「もしかして今配信中か?」
辺りを見渡す。
カメラらしきものは見つからなかった。
「違いますよ、どうして私の冗談が通じないんですか」
「どこからが冗談なんだよ」
「つまりですね、お詫びにシューチさんへ何かしたいって事です」
がっしりと、俺の手を掴んで踏み込んできた。
そんな事をされると、なんだか勿体ないような気がしてしまう。
これが下心なのだろうか……あぁ、俺は最低な奴だ。
女の家に上がり込んでそんな事を想うだなんて。
「なんでもしますよっ♪」
「な、なんでも……?」
理性を保ちたいが、難しい。
俺の中で悪魔と天使が争い合う。
(本当になにかしてもらうのか?)
(いや、良い歳をして何を考えているんだ!)
(このチャンスを逃せば次はないぞ!)
(うるさい、世間体を大事にしろ!)
でも……ちょっぴり悪魔が買ってしまったようだ。
実際はコイツが悪い。俺のスマホなんか盗んだりするから。
そういう気持ちになった責任を取って欲しい。
「どうします? 今日一日なんでもしますよ?♪」
「それは……あっ」
ぐぅぅぅぅぅ……
するとありがたいことに、天使のラッパが鳴ってしまった。
「お腹が空いているんですか?」
「……」
恥ずかしくて顔が赤くなっていく。
俺はコクリと首を縦に振って答えるのだった。
「朝ごはんを食べていないんだ」
「ふふっ、じゃあ罰としてご飯を用意してきますね♪」
紺は嬉しそうに台所に向かった。
なるほど、また豚にされるのか。だがいいだろう。
せっかく貴重な休日をこんなことに使わされたのだから、これくらいのもてなしを受けても問題ないだろう。
そう思って、俺は紺の昼食を楽しみにした。
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