第15話 イメージ

 スマホを盗んだ罰として、紺に昼食を作ってもらうことにした。

 まぁ、説教はまた後でいいだろう。今は俺もお腹が減っているしな。


「今回は何を作ってくれるんだ?」

「まだ考えてないのでリクエストはありますか?」

「特にないな」

「それ奥さんが一番困るやつです、良い旦那さんになれませんよ」


 って言われても俺家庭持ちじゃないし。


「じゃあ得意なモノはあるのか?」

「そう言われると悩みますね……」


 顎に手を置き悩む紺。

 基本的に何でも作ることが出来るんだろうなと思い、俺は少し条件を絞った。


「じゃあ和食で。俺が絶対に作らないもの、食わなさそうなものでいい」


 そういうと、紺はハッと閃いた。


「なるほど、じゃあ肉じゃが作れそうですけど食べられますか?」

「お、すごくいいな!」


 肉じゃがなんて、いつぶりだろうか。

 確かに、調理の手間が大変そうだから絶対に作らなかった。

 それを聞いて余計に腹が減りそうだった。


「なら大丈夫ですね! 任せてください!」


 紺は腕まくりをしてやる気を見せた。

 別にそこまで意気込まなくてもいいのだが、その姿を見ているとほっこりする。


「じゃあ頼むよ」

「はい、じゃあ今回は大人しく待っていてくださいね♪」


 上機嫌になった紺は、鼻歌を歌いながら準備を始める。

 手際よく野菜を切り、大きな鍋を取り出した。


「大人しく待ってて……か」


 つまり、前回のように配信を流すなということだ。

 それを見越してか、俺のスマホは金庫に封印されていた。ていうかなんで金庫。

 紺の背中を眺めるのもいいが、ふと思った事を言ってみた。


「Vtuberって基本動かないで家事を誰かに任せているイメージだ」

「それは偏見です。売れてない子はバイトしながら配信をしますし、節約に自炊をしてる子が事務所にはちらほらいますよ?」


 カンッとおたまを叩いて説教をされてしまった。

 まぁ、そこまで怒ってはなさそうだが謝る。


「すまない、確かにお前もよく自炊していたもんな」


 雑談の内容で料理の事をよく話していた。

 配信で『草食ってて草』というコメントがよく流れたものだ。

 まぁ、草を食ってるイメージが強すぎて、視聴者から料理上手という印象を持たれていなかったのは残念だなと思っていた、懐かしいな。


「今でも草は食べるのか?」


 冗談交じりに言ってみると


「あ、食べたいのですが……」


 紺にどこか深刻そうな顔をされた。


「すまない、言いづらかったら言わなくていいんだ」

「いや、大した話じゃないです」


 一体どうしたのだろう。紺が悩んでいる。

 そう言い、勿体ぶって話すから耳を傾けると


「事務所NGが出ちゃいました……」

「な、なるほど……」


 なんだか残念な話だった。

 紺は今、可愛いをウリにしている。

 なので、貧困系という可哀想なイメージを払拭いしたい。

 それが事務所の思惑のようであった。


「なるほどな、演者のイメージを作っていきたいってことなんだな」

「そうでしょうけど、イメージやブランドを気にするような人が配信なんてするわけないじゃないですか」


 ヤケに辛辣だな。

 普段は風俗店の爪切り並みに切れ味が悪いのに。


「なるほどな、でも紺は声や反応が可愛いからそっち路線で行く方が売れそうだよな」

「え……か、可愛いだなんて……っ」


 少々照れている様子だけど、紺は少々イヤそうだった。


「まぁ、でも……自分らしくありたいって思うから、これまでの自分を隠すのって嫌なんですよね」


 確かに、紺は自分の事を多く語ってくれるタイプだ。

 表現豊かで、自分を魅せる力が強いし、そのままでいいのかもしれない。でも——


「まぁそれが演技力ってやつだ、一回頑張ってみたらどうだ?」

「えー……シューチさんは簡単に言いますよねぇ」


 ため息をつかれてしまった。

 ちょっと選択肢を間違えてしまったか?


「だって今の自分があるのは貧乏生活を送っていたからなのに」

「そんなに難しいのか?」


 紺なら出来そうだけど。

 そう思って言ったのだが


「——シューチさんが支えてくれたキャラを崩したくないじゃないですか」


 と、頬を膨らませながら言われてしまった。


「すまん、俺のせいなのか」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」


 と、少し困った顔をしながらこちらを見つめてくる。

 俺は気まずくなって視線を逸らすと、


「あ! お鍋が噴いちゃってる!」


 と、誤魔化すように包丁を持ったまま腕を伸ばしていた。


「……あ、うん、話しかけて悪かったな」

「いいえ、だってシューチさんスマホを取り上げられて暇ですもんね♪」


 まぁ確かに。

 なんだこの空気。俺が悪いのか。


「さて、お肉も煮込みましょうかね」


 そして、野菜を煮込んだ鍋に肉を突っ込んでいく。


 あまり言いたくないけど。

 俺は言ってあげれば良かったのかもしれない。

 褒めたら照れるかもしれないけれど。

 お前はそのままでも十分素敵だよ、って。

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