第11話 贈り物について

 こんの作ったカレーは非常に美味しかった。

 少食の俺がおかわりをしてしまうほどに食が進んだ。

 これは本当に豚さんになってしまうかもしれない。


 しかも、俺が贈り物をしたフルーツのギフトを持ってきてくれたのだ。

 もう嬉しくて涙が出そうになった。


「いやー、本当に美味かった」

「お粗末様です」


 今回も大量に作ってくれたようで、余ったら明日食べてくれとのこと。

 そんな気遣いまでしてくれて、俺は幸せものだなぁと思う。


 だが、もうこれ以上は恩を売られるわけにはいかない。

 俺は紺が作ったカレーを食べ終わり食器を片付けていた。


「待ってください、後片付けも私がしますから」

「いいんだよ、動かなきゃ本当に豚になりそうだからな」

「ん、どういうことですか?」


 不思議そうに首を傾げる紺を見て、俺はクスリと笑った。


「にしても、まさか俺の贈ったモノを食うことになるとは」

「缶詰でしたから長いこと保存してていつ食べようかなって思っていたんです」

「あぁ、確かに生だと腐りやすいもんな」

「そうですね、でも今日こうして食べられたので良かったです」


 ほほに手を当てにっこりと笑う。

 それはとても美味でしたと言わんばかりに……


「……って、今非常に申し訳ない気持ちを覚えたんだが」

「どうしたんですか?」

「俺って結構紺ちゃんに食べ物を送りまくってたよな」

「そうですね?」


 缶詰のような日持ちするモノならまだマシだ。

 けれど、生ものを頻繁ひんぱんに送ってしまった気がする。

 それもつい先日までずっと……


「その……悪い、生ものの方が多かったんじゃないか?」


 最近シュークリームを送ろうとしていて、あれは大体期限が4日程度だ。

 早く食えよという無言の圧力を加えてしまったのではないか。

 もしや、とんでもない罪を犯してしまったのでは……と頭を抱えたくなった。


「いえ、気にしないでください、いつも私が美味しくいただいてましたよ♪」

「スタッフさんは食ってくれなかったのか? ほら、この後スタッフが美味しくいただきましたってやつ」

「なんでシューチさんの贈り物を誰かにあげなきゃいけないんですかっ!」


 ん、なんだか感情のすれ違いが起きている。

 だけど、迷惑に感じていないようなので良かったか。


「すまない、昔食べ物が喜ばれたからそのクセで……生モノの事はあんまり考えてなかった」

「そんなっ!」


 俺がそう告げると彼女は恥ずかしそうに顔を伏せながらこう言った。


「だって……私のためにわざわざ選んでくれたものですし……」


 そう言う彼女の顔はとても赤く染まっていた。

 おいおい……ちょっと可愛すぎないか?


 反則級の破壊力でつらい、可愛いのはガワの方だけにしてくれ。

 そして、また少しだけ沈黙の時間が流れる。


「あのさ、ちょっと聞きづらいんだが」

「はい、どうしましたか?」


 贈り物に関して。

 俺が一番ショックだったことを尋ねてみた。


「プレゼント受け取り停止のお知らせだけど、あれは……」


 俺みたいな輩が多いせいでスタッフと演者側が迷惑していたんじゃないか。

 そう聞きたかったのだが、紺は察してくれたようだ。


「あー……あれですか」


 苦笑している。

 どこから話そうかと、視線が宙を彷徨っていた。


「まずシューチさんが思っているような迷惑なことはないですよ」

「本当か?」

「本当ですって、さっきも言ったじゃないですか」


 俺を宥めるように言う。

 けれど、そんな言葉では納得がいかなかった。


「贈り物全部……つまり“手紙もダメ”ってことになるじゃないか」


 俺は紺の目を見つめ続ける。

 食べ物だけが中止だったらまだ良かった。

 だけど、生のメッセージを送られないというのは、時代に取り残されたオッサンとしてはなかなか耐え難かった。


「あぁ……それは私も残念でした」

「えっ」


 予想外の言葉が出てきたことに驚いてしまう。

 てっきり『私の想いは受け取れません』と言うものだと思っていたからだ。


「私、本当は手紙だけは受け取るように希望していたんです。だけど、マネージャーさんが一括に中止して貰った方が仕事が減るって言ったんです。だからダメになっちゃいました……」


 俺の目をじっと見据える。

 その瞳はどこか寂しげにも見えた。


「そっか、じゃあ紺ちゃんは俺の贈り物が迷惑だったって事じゃないんだな」

「何度も違う言ってるじゃないですか、もう……」


 そして、彼女は続けて想いを乗せてきた。


「今ってラインやチャットで誰とでも簡単に繋がれる時代ですけど、だからこそアナログなやり方が嬉しかったりするんですよ」

「そうだよな」


 確かにそうだ。

 便利な現代に生きていると、それが当たり前のようになっていく。

 だが、昔の人間には昔の良さがあるように……


「それに、私みたいな無名Vtuberでも手紙を送ってくれるファンがいるっていうのは、とても勇気づけられましたからね」


 そう語る彼女の笑顔に陰りはなかった。

 そしてその言葉を聞き、俺はとても誇らしかった。

 自分の努力が認められたという実感が、そこにはあったからだ。


「だから、私はシューチさんの想いを受け継ぎ、こうして参上しているワケです!」

「そうか……ん?」


 深々と頭を下げる紺ちゃんに俺は尋ねた。


「だから住所特定して家までやってきたと」

「はいっ!」

「いやそれはダメだろっ!」


 予想外の答えに俺は怒ったが、あんまりキレがなかったと思う。

 なぜなら、それを聞いた紺ちゃんが、楽しそうに笑っていたからだ。

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