第10話 カレー

 家に着くと早速作り始めることにした。

 キッチンに立つ紺。エプロンがよく似合っている。

 俺も手伝おうとしたのだが「邪魔になるのでリビングで待っていてください」と言われてしまったので大人しく従うことにする。

 クソ……ミキサーくらいなら俺だって出来るのに。


 料理を作っている間、暇だったのでスマホをいじってみる。ニュースを見てみたが特に面白いものはなかった。

 適当にSNSや掲示板を見ていく。

 その中で気になったものがあったので読んでみることにした。

 ——『うちの会社ブラック過ぎてヤバい』。


 そう書かれた投稿には複数のリプライがついている。

 内容を見る限り、どうやらこの人は中小企業の会社員らしい。

 仕事がきつくて辞めようか迷っているようだ。


 まるで自分のことのように思えて鬱々としてきた。


「……これは死ぬ」


 なので、絹川コンのアーカイブを漁り流した。


『流星の如く現れた貧困系Vtuber! コンちゃんは今日も~~??』

「——かわいい~~~ッッ!!♡♡」


 狂人のごとく叫んだ。

 何故なら俺は豚だからだ。


「きゃああぁぁぁっ!? なっ、なに流してるんですかぁっ!?」


 キッチンから悲鳴が聞こえた。紺の声である。

 俺は構わず推しの配信を聴き続ける。


「ちょ、ちょっとやめてくださいよぉ!」


 恥ずかしそうに顔を赤くして包丁を持ってこちらに駆け寄ってくる。

 そんな姿もまた可愛らしい。

 だが、配信を切るわけにもいかないのでそのまま流し続ける。


「見てないアーカイブがあるから仕方ないだろ」

「で、でも、でもぉ……」


 改めて自分の声や発言を聞いていると、心にくるものだがあるらしい。

 なるほど、包丁をブンブンと振り回す理由もわかる気がする。


「包丁を置いて落ち着け、可愛いんだからいいじゃないか」

「やだ……こんな配信してるなんて恥ずかしすぎますよぉ……」


 そんなことを言いながら彼女は両手で顔を隠している。耳まで真っ赤だった。


「うぅ……もうお嫁に行けないです……責任取ってください……」


 カウンターが飛んできた。

 涙目で訴えかけてくる姿はなんという破壊力だろう。

 思わずクラッときてしまいそうだ。


 紺ちゃんは今日も可愛い。

 ずっと見ていたいが、踏み外すわけにはいかない。

 俺はブラック企業で培った鋼の精神を持っている男。

 ここで理性を失うようなヘマはしない。


「安心しろ、その時は俺が責任とってやるよ」

「へ……?」


 紺は感極まって固まった。

 まるで信じられないものを見てしまったとばかりに。


「たとえVtuber卒業出来なくてもずっと俺が推してやる、ずっとだ!」

「は……?」


 そう言ってやったら包丁を投げてきた。

 危ないので慌てて避ける。包丁は壁に突き刺さっていた。


「バカ! バカバカ! そういう意味じゃないです!」

「や、やめてくれ、賃貸の壁はちょっとヤバい!」

「たまにトーク上手い、可愛いとか言ってくれるクセにっ、なんなんですかっ!!」


 これが炎上というやつか。

 常に隣り合わせの彼女の大変さが分かった気がする。

 また包丁を投げつけてきそうなので、俺は謝罪した。



 …………………………………………………………



 それから数分後、ようやく落ち着いたのか彼女は再びキッチンに戻った。

 トントンという包丁の音と共にカレーの匂いが漂ってくる。

 俺は座ってその様子を眺めていた。


 料理を作る女の子というのはどうしてこう絵になるのだろうか。

 そんなことを考えていると、料理はすぐに運ばれてきた。



「出来ましたよ♪」


 コトンとカレーが置かれる。

 調理の合間にサラダまで作って、デザートとしてフルーツポンチまであった。

 まるで一流レストランのフルコースみたいだ。


「凄いな……」


 思わず呟く。ここまでとは思わなかった。


「い、いえ、大したことありませんよ!」


 謙遜しているが照れ隠しなのだろう。

 頬をかいて嬉しそうにしている。


「じゃあ食べましょうか」

「ああ」


 手を合わせてからスプーンを手に取る。

 それを見てから彼女も同じようにした。


「いただきます」

「はい、どうぞ召し上がれ」


 まずは一口食べる。

 するとカレーの美味しさが口に広がった。


「す……凄いな、いつもながら。店で出せるレベルじゃないか?」

「えっ、そんな言い過ぎですよ……」


 褒めると素直に嬉しそうな反応をしてくれるのが嬉しい。

 そして、もう一口食べたところで、俺はあることに気がついた。


「あれ、このカレー少し甘くないか……あっ」

「言ったじゃないですか、甘口にしましょうって」


 そうだった、紺に促されて甘口のルーを使ったのだ。

 だからといって決して不快なわけではなく、むしろ食欲をそそられる。


「辛口じゃなくても美味しいんだな」

「そうでしょう、甘口も意外といけますよ♪」


 パクパクとカレーを口に運んでしまう。

 それはまた、とても新鮮な味わいだった。


「それからこのフルーツポンチ、見覚えがないですか?」


 すると突然、紺が尋ねてきた。


「さっぱり分からん。流行りのスイーツか?」

「ぶっぶー違いますよ! ほら、絶対に見覚えがある筈です!」


 とはいえ、テレビは観ないしSNSなどしないクチだしな。

 食に関しては全くうとい俺には分からない。

 そう思ったが、俺が知らないハズがないモノであった。


「これはシューチさんが以前、私に贈ってくれたモノなんですよ」

「——!?」


 紺がカバンを開ける。

 わざわざ今日の為に持ってきてくれたようだ。


「どうですか、美味しいですよね」

「……あぁ、すごく美味しいな」


 まさかこんなファンサービスがあるとは思わなかった。

 紺に胃袋だけでなく、心まで掴まされそうだった。

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