第9話 買い物
「ええと、カレーといえば福神漬けですが、要りますか?」
「欲しいけど残ったら腐りそうだしな……」
「じゃあ余ったら私が持って帰りますね」
ポイッとかごの中に必要なものを入れる紺。
そんなやり取りをしながら、俺達はスーパーを歩く。
そこまで買うものはないのだが、最低限カレーのルーだけを買うというのもあれなので色々見て回ることにしているのだ。
「ここですねっ」
カレールウの売り場までやってきた。
最近は種類も豊富で、正直どれを選んでいいのか分からない。
そして、俺はふと思い出す。
「そういえば、うちは母さんがルウから作る派だったな」
「そうなんですか? それは凄いですね!」
「まぁ市販のものより美味しいらしいが、大変そうだった」
「是非作ってみたいです! 教えてください」
目を輝かせる紺。どうも食いつきが良いな……。
と思ったら
「——お母さんの居場所を!」
「挨拶しに行くな」
頭にチョップを食らわした。
こんな年回りの離れた女との関係を疑われて勘当されかねない。
まったく、恩を仇で返す気か。
「さて冗談はさておき」
「本当に冗談だよな?」
俺の家にやってくる行動力ヤバイ奴だから心配だ。
まぁ、流石にそこまではしないだろう、接点ないし。
「ルゥはどれを選びましょうか?」
紺は悩んでいる。
まぁ、普通にお店で一番売れているやつを買っていけば問題ないだろう。
そう思って適当に選ぼうとした時
「シューチさん、これどうですか?」
と、紺が『甘口』と書かれたパッケージのカレールウを見せてきた。
「それ、甘くないか? カレーは辛くないと意味がないと思うんだが……」
俺はこれまで辛口しか食べた事がなかったので、常々疑問だった。
「でも甘い方が美味しいですよ! それに、子供だって食べられるくらいなんだから、大丈夫です!」
「そういうもんなのか……?」
「はい! 私を信じてください!」
自信満々の顔でこちらを見てくる。
その顔を見ると、不思議と信じられる気がしてきた。
「ならそれで良いんじゃないか?」
「じゃあこれにしますね、 後はお肉さえあれば出来上がりです」
「肉ならあっちだな」
精肉売り場にやってきて、紺は尋ねてきた。
「どれを入れたいですか?」
「え、どれって」
聞かれても分からんぞ。
とりあえず肉って感じだったが、これも種類があるらしい。
「なんでもいいんじゃないか?」
「分かりました、私が勝手に選びますね」
そう言ってひき肉をカゴの中に入れた。
一通り材料は揃ったので、レジへと向かう。
すると、食費くらい出しますと紺が言ったのだが、俺は断った。
そりゃそうだろ、女の子に出させるわけにはいかない。
会計を終えると、スーパーを出て帰路につく。
途中、買い物袋を持っている俺を見て紺が聞いてきた。
「荷物持ちましょうか?」
「女の子に持たせるわけないだろ」
そう言うと少し嬉しそうな顔をして「ありがとうございます」と言ってくる。
お金や荷物のことといい、性格良いなこの子。
そのまま二人で歩き続けると、ふと思う。
こうして一緒に買い物をしていると、夫婦みたいだなぁ……って。
いや勘違いしないでくれ。
俺には下心がないし、コイツの好意はよく分からないし、そもそも受け入れるつもりはないが、また別の世界線の自分を経験しているようなのだ。
いわゆる“実感がない”というもの。
誰のイタズラでこうなったんだと今でも疑ってしまう。
だけど、今こうして同じ道を歩いていると、本当に結婚した相手と一緒に暮らしているようで——
「シューチさんどうしたんですか?」
「はっ……」
助け舟と言わんばかりに、紺は俺の思考を止めてくれた。
今の想像は危なかった。
「なんでもない、ちょっと考え事をしていただけだ」
俺は少し照れ臭くて、頬を掻いた。
「そうですか……仕事大変そうですもんね」
都合よく勘違いしてくれて良かった。
まぁ、確かに今日も残業したばかりだしな。
だけど、紺も同じく働いている身。
仕事というものの大変さは分かってくれるのだろう。
「あ……そういえば、明日の予定は大丈夫なのか?」
しっかりと聞いておかないといけない事だった。
配信以外でも紺には予定があるハズ。
もし朝早いなら早く帰らせないといけない。
「えっとですね——」
紺が鞄の中から手帳を取り出して確認する。
それを横から覗き込みながら、俺は彼女の仕事ぶりを見る。
真面目な性格がよく分かる。
ちゃんと時間割を作っていて、毎日の予定もしっかり書き込まれている。
こんな若いうちから偉いな、本当に。
「明日は18時から配信なのでずっと寝てますね!」
「……そうか」
だけど、ここ数日は中身がスッカスカ。
Vtuberって楽な仕事なのだろうか、ちょっとだけ羨ましいと思ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます