第46話 呼び出し

「おや、もう来ていたんだね」


 目の前には優しそうな青髭を生やした男性が、髭をなでながら微笑んでいる。


「あ、清水さん!」


 紺が気づいて挨拶をするので俺も一緒にした。

 この人は清水井利(きよみずいとし)さん。この事務所、Anycodeの代表取締役で歳は50近くにもなるようだ。

 

 ……何故このような方と面会をしているのかといえば、俺と紺の関係のせいだ。


「ははは、なんだか不揃いなカップルだね」

「そう見えますよね、はは」

「親子みたいに見えるし、パパ活のようにも……おっと、こういうふざけた事を言うつもりじゃなかったが、まずはおめでとう二人とも」

「はは……」


 事実ベースで話をしてくるので苦笑しかできない。

 相手は事務所内では少々デリカシーのなさで有名だと紺から話は聞いていたが、開口一番にこのような言葉を聞いてしまうと良く思われていないんじゃないかと警戒する。

 だけど、紺は「ノンデリですよー」と指摘すると「そうかなぁ」と照れくさそうに頭をかくので、少しだけ悪い人ではないと思うようにした。あくまで少しだけ。


「私もね、コンちゃんのことは父親のように思っていてね、いつもマネージャーの掛川とは上手くやれてるかなんて心配したものだよ」

「いやだからパパではないんですけど」


 ピタリと清水さんの動きが止まる。


「え、違うの?」


 そして、さも驚いたように紺を見つめた。


「違うって言ってんだろ!?」


 冗談ではなく、素で思っていたようでタチが悪い。

 相手は年上だが、思わず声を荒げてしまった。


「違いますよ、清水さん。シューチさんと私は恋人同士です。というのも最近のことですが……掛川さんはマネージャーとしての立場ですし、清水さんはやはり代表取締役なので言えずに言えませんでした」


 そして、紺もちゃんと否定してくれた。

 パパ活と疑われただなんて侵害だからな。


「いやはや、そうだったのか……なんてね、君たち二人のことは噂話で聞いていたよ」

「知っていたなら冗談やめてもらえませんか……?」

「まぁ……まさかコンちゃんが本当に、猛アタックしてるとは思わなかったからね」


 俺たちの関係については半信半疑だったのだろう。

 ……いやちょっと待て。


「なんで知ってるんだ?」


 そもそもの話、推しとファンの関係なんて誰かにバレちゃマズい話だと思うし、事務所内でもご法度なので認知されているのは非常にヤバいハズだ。


「事務所内で周知の事実だと思ってたんだが……違うのかね?」


 掛川に話を振ると首を傾げてくる。


「まぁ……相手は最近まで知りませんでしたが、この子に相思相愛のファンがいるって話はしてましたが」

「そうだったね、色々な貢物をしていたんだったか」

「えぇ、まるでコンカフェに来るなり『差し入れだよ~』ってキャストに提供する客みたいだって噂にもなってました」

「おい変な風評被害やめろ」


 休憩時間の少ないキャストへの親切心だと思って持ってくるが、生もので危なかったり、飲食店なので衛生管理の一貫性が行き届かない行為なので地味にやめてほしいやつだよな、それ。

 いやいや、そういう話じゃない。


「清水さんも知ってて何も言わなかったのか?」

「いや、だって付き合うだなんて思わなかったし、ガチ恋はコンちゃんの収入源……じゃなくて、支えとして必要なモノだから」

「地味に嫌がる言葉を吐くのやめろ」


 ノンデリというのは本当らしいな……。

 俺の周りはデリカシーのない奴ばかりだが、初対面でこうだと取引相手には何も言われないのか?


「紺は噂されてて良かったのか?」

「つ、付き合ってるだなんてそんな~♡」

「……」


 紺に至っては頬を赤く染めてニヤけている。

 あのな、俺はお前の活動の障害になってなかったかと心配していたんだ。


 味方どころか敵しかいないではないか。

 まぁ、事務所という敵陣には違いないが。

 すると、清水さんの表情は急に険しくなる。


「――それで本題だが」


 ……付き合っている以上、君たちには理解しておかなくちゃいけないことがあると言わんばかりに押し黙る。

 俺は生唾を飲み込むなり、清水さんは言った。


「……これ、どうするの?」


 先日イズミが見せた動画、それは――


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


『ま、待ってくれ紺っ! お前に……っ、話したいことがあるんだ、聞いてくれっ!!』

『いやっ、いやですぅぅぅっ!!』


『す、すごい現場に直面してますね~~っ♡ まるでドラマのワンシーン……!! こーれは絶対に見逃せない! はぁはぁ……私の体力も追いつくのかっ、見物ですね~~♪』


 この声は伊豆だ。彼女が珍しく実写配信をしており、また見覚えのある現場を配信している。

 スクープだと言わんばかりに鼻息を鳴らし、記者並みの熱意でその様子を実況していた。


『ぜぇぜぇっ……こ、紺……っ、もう逃げないで聞いてくれ』

『これでシューチさんへの返事は全てですっ! 迷惑かけてごめんなさい、これからもずっと仲良しで——』

『——思い出したんだ』

『え……な、何がですか……?』

『本当に初めて……お前と会った時のことをっ!』


『えっ、なにこれなにこれっ!? 男さんに挽回のチャンス到来!? はぁはぁ……♡ これは見逃せないね……! 引き続き追い続けるから皆もついてきてね!!?』


 配慮してくれているのか、顔は映さないでいてくれる。

 そして清水さんが再生時間を飛ばし、クライマックスを映し始めた。


『だから……紺、俺はお前のことが好きなんだ……っ!』

『しゅ、シューチさんっ……! わ、私も、シューチさんのことが……好きです』


『きゃああああっ!?!?♡♡ 聞いた、聞いた!? コンちゃんが男性にアプローチをしていて……そしてここが正念場、って言ったあああぁぁぁぁぁッ!?!?♡♡ 男性からの告・白ですッ!! コン……好きだ、俺と付き合ってくれ……だって!?!? ひゃあぁぁぁぁぁぁッ!?!?♡♡』



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……」


 超絶バカ高いテンションで伊豆が配信しているのは

 ――俺たちの『告白の現場』であり……恥ずかしいにもほどがある。


「は、恥ずかしいですよ清水さん~♪」

「ははは、面白いモノは何度見ても面白いからね」


 紺は俺とは違った喜びを感じており、清水さんは娯楽として楽しんでいる。

 俺が場違いのように思えて仕方がない。


「すごい再生数だねぇ、過激な内容は伸びやすいというのは知っているけれども」


 つまるところ、伊豆は再生数を伸ばすために過激で炎上するネタを勝手に取り上げたのだ。

 その、紺が禁忌(タブー)を犯しているという現場を押さえて。


「ど、どうしてあいつがこんなことを……」


 確かに再生数は稼げるかもしれない。

 しかし、事務所と紺という仕事仲間のデメリットでしかないことをする必要があっただろうか。


「彼女はストイックに活動を続けているからやむを得ない、まぁ諦めてくれたまえ、はは」


 清水さんは楽観的だ。

 あいつは自分のチャンネルを伸ばすために……いや、これは仕方ないんだ。自分が伸びなきゃやっていけない世界だし。

 実際に彼女は昔、学校で俺の告白をバラして友人たちとの話題で盛り上がっていたものだ。


 つい最近まで優しかったとはいえ、やっぱりいい加減に学ばないとだよな。


「まぁ、彼女から後の面倒を見てくれと言われていてな――おっと」

「え?」


 清水さんから謎の一言が漏れ出たが、何もなかったかのように話を続けた。


「で、どうする? コンちゃんは復帰できなくなっちゃったのは周知の事実だが?」


 重たく現実がのしかかる。

 そうだ、紺はネットのアイドルなのだ。アイドルは恋愛を禁止し、視聴者に愛情を振りまかなければならない。

 誰かが決めたことではなく、この暗黙の了解を破ってしまった。

 ……俺の軽薄な行動のせいで。


「すいません、俺のせいで……」


 清水さんや掛川、その他の関係者に迷惑がかかってしまった。

 また、これまで通りの活動が出来なくなってしまった憂いを感じる者も少なくはない。


「まぁ……残念な結果だけどね」


 清水さんもその一人である。


 そんな彼らに謝るだけなら誰でも出来る。

 だけど、ガチ恋をしてしまった俺なりのやり方で認めてもらうしかない。

 だったら開き直って言ってやるしかない。


「俺が彼女を養って生きていこうと思ってます……!」

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