第47話 決意表明
「お、俺が彼女を養って生きていこうと思ってます……!」
清水さんたちの前で、俺は堂々と言ってやった。
「ほう……?」
清水さんは俺を観察するように眺める。
「いや、思ってますじゃない。活動できなくなった紺を一生面倒見ます!」
「シューチさん……」
紺は心配そうに俺を見つめる。
「紺も心配しないでくれ、例え契約解除されて仕事がなくなっても俺が頑張るからさ」
恥ずかしいことこの上ない。
だけど、今の紺は俺の彼女なんだ。将来を誓うに早いも遅いもあるものか。
そう考えての決断だ。
「む、無職なのに……?」
グサッと胸に刺さった。
確かに今の俺では紺を支えるのに十分ではないかもしれないが、考えはある。
「今は無職でもちゃんと仕事は貰えるさ! 最近まで焼津さんの手伝いしてたし」
「それって正規の雇用じゃないから、いつでも切られる心配ありませんか……?」
心当たりはちゃんとある。
給料はまだちゃんと貰っていなく、衣食住をただ提供されていただけだった。
俺の態度によほど心配なのか、紺の瞳が潤んでいる。
なので、慌てて説得にかかった。
「だ、大丈夫だよ。まだ仕事は見つかってないけどきっとすぐに決まるさ」
「でもシューチさん、仕事が無くなってからの空白期間がもう長いじゃないですか、厳しい目で見られたりしないですか……?」
「そんなこと……ないさ!」
紺の指摘に少々つまずいてしまった。
これはまずいと思い、虚勢を張る。
「え、選ばなきゃ仕事なんていくらでもあるんだよ。未経験の仕事でも何でも来いだ! ほら、無色は何にでも染まるって言うじゃないか。お、俺の可能性はこれからだぞ!」
「転職活動失敗する人のセリフじゃないですか……まず履歴書や職務経歴書の準備はしたんですか?」
「それは、まだで……って、なんでさっきから痛い所突いてくるんだよ!?」
これじゃよっぽど俺のことが信用できないと言っているようなものじゃないか。
せっかく恋人同士になれたのに……。
「それは~……ですね~……?」
「はっ、まさかお前……」
もう俺のことを見放すつもりなのか?
金の切れ目は縁の切れ目。
将来安定しない相手と共に過ごす相手として見切りをつけようとしているのか?
「ま、待ってくれ……! 俺はお前のことが好きで、大好きなんだ。お前がいないと死んでしまうほどに苦しくなってしまう! その先の言葉は聞きたくない!」
これまでの楽しかった思い出が失われる。
それほど胸を締め付けられる思いに駆られていると
「なんなななぁっ♡ な、なにを言っているんですか!?♡」
顔をゆでだこにした紺が近寄ってくる。
「私だって大好きですよっ! シューチさんのなーんばいも好きなんですからねっ!」
「いいや、俺の方が絶対好きだし」
「いーえっ、私ですっ。私があなたのコトどれだけストーキングしたと思っているんですかっ!!」
「それは確かに……じゃあなんでそんな姑みたいなチクチク言葉を吐いてくるんだよ?」
すると、紺は言った。
「当り前じゃないですかっ、だってシューチさんは私が養うんですからっ!!」
「へ……?」
何を言っているんだこの子は。
「精一杯、契約解除されないように清水さんを説得して、事務所に在籍させて頂きますからっ!」
「それを本人の前で言わないほうがいいんじゃ」
紺の熱意にほだされたのか、清水さんの表情がほころぶ。
「ふふ、二人を見てると心が温かくなるよ。やはり恋というものは素晴らしいよ」
「えへへ、うれしいです♡」
時と場所を選ばず茶番しか繰り広げていない気がするのだが、いいのだろうか。
だけど、清水さんは納得したように続ける。
「まぁ話が早くて助かるよ、私は君のそういう言葉を待ってたんだ」
「え、もしかしてそれって……!」
紺は期待交じりに清水さんの方を見る。
そして、彼は安堵したように彼女に言った。
「よし――契約は解除だ!」
「へ?」
瞬時に場の空気が凍った。
そして、時間は動き出し――
「え、えぇぇ、えぇぇぇぇええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?」
固まっていた紺は驚愕した。
「なんでですかっ!? さっきまで私たちを持ち上げて突然急落下させるなんてっ!?」
「はっはは、良いカオだね~」
「さ、サイコパスすぎません!?」
この代表ヤバすぎる……。
絶望に滲んだ他人の表情を摂取することにこの上ない快楽を得ている……客観的にそう見えてしまうのだが。
「はは、まぁ冗談はここまでにしておいて、規約に基づき契約を解除するというのは既に決まっていた話なんだよ」
「そ、そんなっ、私何でも仕事受けますから!」
「だめだめ、この話はもう終わりだから」
子どもを諭すように清水さんが言うので、俺も黙っていられなかった。
「待ってください、いくらなんでもこれは酷すぎます」
「君が口を出す問題じゃないよ」
「どうしてですか、ちょっとくらい話を聞いてあげてくださいよ」
そもそも紺は配信が好きだ。
事務所に所属することで活動の幅が広がると、よく耳にしていた。
だからこそ、紺の気持ちを推し量ると言わざるを得ない。
「じゃあ君は推しに彼氏がいると知ったらどう思う?」
「はっ……」
推しに彼氏がいるとしたら、ファンはどう思うだろうか。発狂するに違いない。
紺のためにお金を投じた人間からすれば重い話だ。
だとすると、代表の言葉の意図が理解できる。
「そ、それでも……俺は……っ!」
いや違う。推しに彼氏がいたからといって。
俺はプロデューサー気取りでも、厄介ユニコーンでもない。
紺に別の彼氏がいたとしても――
「お、推しが幸せなら……続けて推し続けるに決まってんだろ……ッ!!」
俺は代表に言い切ってやった。
これがファン第一号としての意見だ。
誰がなんと言おうと、この誓いだけは破らない。
すると、代表はクスリと笑っていった。
「熱いね、だけど勘違いしないでほしいんだ。彼女に配信をやめろとか、不利になるような事を言うつもりはないんだよ」
「……え?」
「むしろその逆、二人には都合の良い提案をしたくてこの場に呼んだのだよ」
良い提案……?
散々悪い話を煽っておいて、流れをひっくり返されるだなんて。
「ははは、やはりドッキリというのはエンタメの醍醐味だねぇ」
ただ、自分が楽しみたかったという意図はあったようなのは伝わる。
「あのですね……良い話だか分かりませんけど、これ以上悪い話をするようなら俺たち愛の巣に帰りますよ」
「あーここでイチャついてくれて構わないから、君に会ってほしい人がいるんだ……といっても、君の顔見知りなんだけどね。入ってきてくれ」
意図はこれだけじゃないらしい。
代表は指を鳴らすと、扉の向こうから誰かがやってくる。
「失礼します」
「……え?」
そこに現れたのは焼津先輩だった。
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