第48話 移籍
「失礼します」
「……え?」
そこに現れたのはスーツ姿に身を包んだ焼津先輩だった。
「何してるんですか先輩」
「君こそ何してるのって聞きたいのだけど」
神妙な顔をしていると、代表が口を開く。
「焼津さんご無沙汰しておりますな」
「ええ、先月ぶりでしょうか。相変わらず初対面の相手をからかったりしていませんか」
「ははは、ノンデリと言われているが彼らにそんなことするわけないじゃないか」
「普通にしてなかったか?」
代表の矛盾につい指摘を入れてしまうが、そもそもなんで先輩と代表が仲良さそうに話しているんだ?
気になる、気になりすぎる……。
「あの、二人の関係って……」
俺が尋ねると、驚くべき事実が発覚した。
「彼女とは仕事仲間でね、今度立ち上げる事業に協力してもらう事になっているんだ」
そこに焼津先輩が口をはさむ。
「今度じゃないですよ、もうじき始まるんですから」
「そうだったな。いやぁ、君たちも丁度良いタイミングで炎上してくれたものだよ、都合よくコンちゃんをクビにできる!」
「ひ、ひどくないですか!?」
紺とは裏腹に、俺の疑問は残っている。
「丁度良い……? どういうことですか?」
さっぱり意味が分からず眉を寄せてしまう。
そこで語られる事実に驚かされた。
「コンちゃんには新しい事務所で活動してもらうことにしたから」
「え?」
固まる紺。
そして渡される新たな契約書。
ようやく理解が追いついたのか。
「え、えぇぇぇぇぇぇ~~~!?!?」
俺も同じ反応だ。
「ここじゃダメなんですか?」
「いや、流石に炎上しちゃった子を受け入れるのはキツいかな…」
代表がスマホの画面を見せると、炎上した配信のコメント一覧。
『おい、アイドルは恋愛しないんじゃなかったのか』
『聞いてない聞いてない聞いてない今聞いた』
『ガチ恋ユニコーンはこれからどうしたらいいんや……』
『こんなんじゃ祝福できない』
『誰か説明してくれ』
『↑公式からの説明を待て』
と、ファンたちの悲痛な叫びと怒りの声が並んでいた。
これには清水さんも頭を抱えざるを得ない。
「ほら、仮にもこの事務所って”アイドル”VTuberを育てて活動のフォローをしているわけであって、恋人作っちゃった子がいると他の子にも迷惑がかかっちゃうんだよ」
アイドルとは、純粋無垢でファンに夢を見せるもの。
また、分け隔てなく愛を与える存在。
「なのに、恋人ができたんじゃあファンに愛を運ぶことも難しいじゃないかね?」
愛もそれぞれだが、一般的にアイドルには彼氏がいないことが当然・義務となっているのだ。
だからこそ、俺も彼女を推していたきっかけにもなりうる。
「じゃあ契約解除=移籍っていうことですよね、でも炎上したのに活動を続けられるっていうのはどう繋がるんですか?」
「それはだね……」
すると、焼津先輩は言った。
「私が立ち上げる事業……まぁ事務所だけど、ここは『タレント』を専門にするVTuber事務所なの」
「た、タレント……?」
「アイドルタイプは理想化されたイメージの維持が難しいの。アイドルはファンに夢や理想を提供する存在とされることが多くて、そのためには恋愛をしない「純粋」や「手の届かない存在」として描かれることが一般的。だから彼氏がいるという事実が明らかになると、その理想化されたイメージが崩れて、ファンが抱く憧れが減少する恐れがあるの」
「え、ええと……なるほど?」
「本当にわかってるの?」
焼津先輩は呆れ気味に続ける。
「それでタレントタイプはリアリティと個性の強調……ってところかな。タレントはその個性やリアルな人間性を前面に出すことが求められることが多くって、恋愛もその一部として受け入れられることがあるの。恋愛を公にすることが、タレントとしてのリアルさや人間味を増す要素となる場合もあるの」
「……つまり、タレントの方向性で紺が活動することで、俺という彼氏を容認してもらいやすくなるってことなのか?」
「そういうこと、菊川君と紺ちゃんには悪い話じゃないでしょ?」
確かに、今のままでは周囲に容認されずコソコソと一緒にいなくてはならない。
同時に俺はこれまで紺と一緒になっていいのかとずっと躊躇っていた。
その理由が取り除かれたことによって、俺は二人の計らいに感極まりそうになってしまった。
「せ、先輩……」
「それで移籍にした方がガワもそのまま使えるし、紺ちゃんには都合が良いよね」
「はいっ!!」
紺も嬉しそうにしている。
「まぁ……急な発表でこれまで推してくれたファンには悪いとは思うけどね」
あくまで応急処置というものだ。
だけど、俺は信じている。
推しに彼氏ができたとしても、祝福してくれるファンが多いということを。
「後は、貧困ネタもあんまりやって欲しくないからね……アイドルVTuberやるならもう少しキラキラしてくれていないとイメージがね……」
「えぇっ!? せっかくの持ちネタだったのに!」
「いやいや」
清水さんはNGサインを出している。
こういうこともあって、以前から計画されていた話なのかもしれない。
「シューチくん」
そこで、焼津先輩に声をかけられた。
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