第8話 反省

 テーブルに並べられた朝食を見て涎が出てきた。

 メニューはご飯にみそ汁とシャケ。

 みそ汁はしじみ汁ということで、二日酔い対策なのだろう。

 気が利くやつだ。


「さていただきます」


 ずずっ……と飲んでみる。

 うん、やっぱり美味しい。


「今日も美味しい、ありがとう」

「どういたしまして♡」


 両手で頬杖をし、ニコニコと眺めている。

 ていうかお前も食えよ。


 シンプルだがこれがいい。

 そもそも朝飯は時間がなくて抜いたり、とりあえず胃に入ればいいと思い雑になりがちだが、出てくるのなら毎日食べたい。

 実家の味がして、一番身体に合う朝食って感じがする。


「朝食はいつも何食べてるんですか?」

「大体バナナかゼリー飲料か……手間のかからないものかな」

「なるほど、じゃあ毎日作ってあげないといけないですねっ♪」

「それはありがたいが、毎日じゃなくていい」

「えーなんでですか?」


 ぶぅっと膨れる紺。


「ほら仕事とかあるからさ」

「そんなことより私との時間の方が大事ですよね?」

「いやまぁ、そうなるかもしれないけど……」


 いや本当に俺は何をやってるんだろう。

 この発言はつまりアレだろ?

 毎朝みそ汁作ってくれるってことだから、それくらいのことを昨日やらかしてしまったということだ。

 だから紺は俺の家にみそ汁を作りに来てくれた。

 それ以外にあり得ない。


「すまない……昨日は何とか家まで帰ってこれたが、記憶があいまいなんだ」

「はい、知っています。私が介抱しましたから」


 胸を張る紺。マジかよ……。

 まぁ、そうだとすると合点がいくことがあるからな。


「重ねて詫びるが本当にすまない……」

「いいんですよ、もう覚えていないならその方が都合良いですから」


 だが、その言葉に妙な違和感を覚えた。


「……聞かないでおこうと思ったが、一応聞いていいか?」


 やらかした事実は変わらないのだろうが、紺のことだから何か誤魔化しているような気がした。

 聞きたくないという気持ちに変わりはないが、念のため。


「じゃあ教えてあげましょう、シューチさんが私にどんなことをしでかしたのかを……」


 固唾を飲み、紺の話に耳を傾けた。


「あれは焼津さんの家から出た後のことでした……」


 その話を聞き俺はうっすらと思い出していく


 —————————————————————————————


 焼津先輩の家を出た後、俺たちはほんの少しの間一緒に歩いた。

 その時も酔いのせいでフラついていたのだが、それがいけなかったのだろう。


『じゃあシューチさん、気を付けて帰っ——ひゃあっ!?』


 ドンッ!

 扉の前でお別れをしようとしたところ、俺は紺に壁ドンしてしまった。


『ど、どうしたんですか……?』

『…………』


 黙ったまま俺はジッとどこかを見つめている。

 まさか自分にそこまで好意を持ってくれていたのかと、紺は思った。

 このまま襲われてしまう、覚悟しよう……と紺が思うや否や、俺は後ろを振り向きうずくまったらしい。

 そして——


『お、おええぇぇぇ……』


 ゲロを吐いてしまった。

 マンションの通路でゲロってしまったようだ。


「だ、大丈夫ですか……?」


 紺は駆け寄り介抱してくれた。

 幸い先輩や住民には見られずに済んだのだが、放置するのは流石にマズイ。

 ということで、彼女がその汚物の掃除をしてくれたそうだ。



 —————————————————————————



 ……確かに酷いことをしてしまった。


「それにしても言い方ってのはないのか」

「でも酷いことじゃないですか」


 確かにそうだが、俺が紺に強引に迫ったみたいな言い方はやめて欲しかった。

 とうとう俺も間違いを犯してしまい、ニュースに顔が載り、会社の笑いものとなり、挙句の果てには親を泣かせてしまう想像をした。

 本当に焦る以外の感情はなかった。


「それで朝食を作りに来るっていうのは変な話だな」

「ふふ、でも本当にシューチさんが言ってくれたんですよ♪」

「言ったか……? 全然覚えてないぞ……?」


 さっきまでの流れは何とか思い出せた。

 しかし、朝食のことを何か話しただろうか。


「ふふ、それはこちらを聞いて頂ければいいですよ♡」


 だが、俺はとんでもない間違いを犯したらしい。

 紺はスマホを取り出し操作する。それは録音テープだった。


『大丈夫ですか?』

『マジですまん……死にそうだ……』

『死んだら私の料理が食べられなくなっちゃいますね……』

『悲しいなそれは……おぇぇ』

『じゃあもし明日生きていたら、私の朝食を食べてくれますか?』

『おぇっ……た、食べたいな……』

『じゃあ作ったら食べてくれますか?』

『もちろんだ、おええぇ……』

『じゃあ勝手に家に入りますね』

『そうか……わかった……おええぇえぇぇ……』


 何とも雑な会話だった。


「ほら言ったじゃないですか、朝食を食べてくれるって」

「毎日とか言ってないだろ」

「え、そんなこと言いましたっけ? えへへ♡」


 言質を取られて言い返す隙が無い。

 だが、あまりにもやり取りが乱暴すぎやしないだろうか。

 以前のラインのやり取りでもそうだったが、俺にわざと言わせている節がある気がする。

 いや、そもそも俺が悪い。

 こんなことをしでかした俺に責任がある。

 そうなんだろ神様。


「まぁいいが……俺はどうしたらいい」


 タダで朝食を食わせてもらうのは流石に気が引ける。

 だから俺に何かできることはないかと尋ねてみた。


「だったら買い物に付き合ってくれませんか?」

「買い物?」

「はいっ、ちょっと必要なモノがあるんですけど、シューチさんの方が詳しいかなぁって思いまして」


 俺の方が詳しいモノって何かあっただろうか。

 まぁいいか。


「わかった、じゃあ付き合うよ」

「やったぁ♡ よろしくお願いしますっ!」


 せっかく寝て過ごす休日だったが、朝食を作って貰ったしな。

 こういうのも悪くないかなと思い始めていた。

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