第9話 買い物

「で、何を買いに行きたいんだ?」


 朝食を採りながら尋ねてみると紺は言った。


「配信機材を買いに行きたいんです」

「機材?」

「はい、また壊れたらいけないので予備を買いたくて、シューチさんの力を貸してくれませんか?」


 なるほど配信者らしい買い物だ。

 前みたいにトラブルが起きたら困るからな。

 そうなると俺は荷物持ちってことになるのかな。


「いいぞ、重たいモノなら俺に任せてくれ」

「え、荷物持ち?」


 紺は聞き返す。

 なんだろう、俺ってそこまで貧弱に思われているのだろうか。


「あぁ、力仕事だったら任せてくれ」

「いや、そういうわけじゃなくて……」


 どうにも歯切れが悪い。

 すると、彼女は何かを決心したように口を開いた。


「……あの、一緒に選んでください」

「ん、何を?」

「だから、その……配信機材を」


 どうやら俺を相談相手として選んでいるのだろう。

 だが問題がある。


「正直、俺は必要ないと思うんだが」


 普段機械を使いこなしているのは紺だし、本人が選べばいいとは思うのだが。

 そう伝えると、困ったような顔をされてしまった。


「でも私機械音痴ですし……前にマイクが壊れた時に何とかしてくれたじゃないですか」

「それはたまたま知ってた知識を活用しただけで、お前とそこまで知識は変わらないと思うぞ」


 だけど、紺は粘り強くお願いしてくる。


「シューチさんは隣にいてくれるだけでいいんですよ」

「そう言われてもなぁ」


 まぁ頼られて嫌な気はしないが、力不足感があるんだよな。

 だけど、紺はこう告げた。


「私に似合うかどうかを見てくれればいいだけなので……!」

「……服の買い物と間違えてないか?」


 部屋から持ち出さないモノをわざわざ人に見せる機会なんかあるのか?

 いや、ないだろ。


「そんなことありませんよ!」


 紺は即座に否定する。


「だってシューチさんに見られて恥ずかしいモノだと困りますから」


 何を言ってるんだコイツは。


「じゃあ誰が見ても恥ずかしくないものを選べばいいんじゃないか?」

「え、私が使ってるパンツとか想像したくないですか?」

「そういう生々しいお話はやめなさい」


 全く最近の若い子はハレンチ過ぎないか。

 まったく、誰が目の前の女の下着を想像なんか……。


「…………」


 よくゲームとかで服の上から下着が透けて見えるっていう展開あるよな。

 紺を見ていると、妄想だがそんな感覚を覚えてしまう。

 いやいや、何やってるんだ俺は。

 こんな年下相手にやましいことを考えてしまうとは。

 これではただの変態じゃないか。


「あれ、今何か考えました?」

「……考えてない」


 紺が覗き込んでくる。

 顔が近い。


「本当ですか?」

「本当だから近寄んな」

「酷い!? ただ聞いてるだけなのに!」


 紺が怒りだしてしまう。

 すまん、こうでも言わないと理性が保たれなかった気がしたんだ。


「まぁ、自分で使う奴は自分で選んだ方が良いと思うぞ」


 なので謝るように、やんわりとした口調でそう告げたのだが、紺は自信なさげにこう言った。


「そうでしょうけど……私が選んだらダメな気がして」


 そう言って俯く彼女を見てピンと来た。

 きっと紺が買うのはマイクとかマウスとかそんな所だろう。

 でも自分一人で選ぶのは不安だから、他人である俺と一緒に買いに行くということだ。

 それに女は一人で買い物をするのが好きじゃない生き物ともいうからな。

 つまりはそういうことなんだろ?


「あー……よし、分かった。一緒に行こう」


 俺は了承する。

 彼女は俺の言葉を聞いてホッとした表情を見せた。

 正直面倒くさかったが仕方がない。

 紺のためならお安い御用さ。……ということにしておこう。


「ふふっ、行きましょうか♪」


 楽しげに笑う紺を見て少しドキッとした自分が憎かった。


「……で、どこに行くんだ?」


 朝食を食べ終え、準備にかかろうとした所で尋ねた。


「まだ決めてないんですけど、どこに行ったら機材のサンプルが見れますかね」

「とりあえずデカイ電気屋さんだよな、行きつけの店はないのか?」

「いえ、いつもはネットで買うので……」


 紺はあまり外出をしないのでその辺りの事は知らなさそうだ。

 大体ネットのレビューを見て買うらしいが、いつも壊れてしまうので、今回こそはちゃんと見て買いたいと。

 であればと思い、俺は提案した。


「だったら春葉原はどうだ?」

「春葉原?」


 よくアニメやゲームなどのサブカルオタクたちが立ち寄る場所と勘違いされがちだが、そこは電気街と呼ばれるエリアである。

 パソコンはもちろん、家電製品やゲーム機、他にも電子部品などが多く売られており、俺もたまに行く場所である。


「電車で20分くらいかな、あそこなら多分いろんなモノが売ってると思うがどうだ?」


 色々と説明と提案してみると、目を光らせていた。


「はい、大丈夫ですっ! シューチさんこそ休みの日なのにいいんですか?」

「今更そんな気遣いしてくるなよ……気にしてないから大丈夫だ」


 そして、嬉しそうに紺は言った。


「じゃあ行きましょう! デートにっ!♪」

「買い物にな」


 俺はちゃんと訂正する。

 こうして俺たちはその電気街に向かうことになった。

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