第10話 満員電車
準備をし、家から駅まで向かう俺たち。
春葉原までは谷脚線の電車に乗って行くのだが、途中で困難に見舞われた。
「あれ、遅延が発生してるな」
「ホントですね」
数十分ほどの遅れが発生しまったようであり、ダイヤが狂っている。
だけど、今から乗る分には問題はなさそうなので、俺たちはそのまま行き先の電車に乗り込んだ。
それがこんな状況になってしまうとは、誰が思っていただろうか。
「あはは、近いですね」
「そうだな……」
遅延のせいで、待っていた乗客たちが一斉に乗り込んできたのだ。
そのせいで電車に乗ったら、運悪く乗車位置が近くて密着してしまっていた。
俺は紺と向かい合う形になり、お互いの顔が目の前にある。
電車の中はかなり混雑しており、俺は紺に抱き着くような形で収まっていた。
「すまない、一本後の電車に乗ったらよかったな」
そうすれば混雑も緩和できただろう。
「いいんですよ、この方が早く着きますし♪」
だけど、紺はこの状況でも楽しんでいるように感じる。
まぁ……いつもなら絶対に気を付けているのだが、今日くらいは構わないか。
状況が状況だし。
それよりも、電車の中が混み合っているからという理由もあるだろうけど、なんか今日の紺からは甘い匂いが漂ってきていて、ドキドキしてしまう。
香水のような甘ったるいものではなくて、なんとなく落ち着く香りだ。
紺の方を見てみると、楽しげに外の風景を眺めている。
やっぱりこうしてみると、可愛い子に見えるんだよな。
「……シューチさん?」
「ん、どうした?」
「いえ、なんだか私を見つめていたような気がしたので……」
ギクリと思い、慌てて言い訳をした。
「そ、そんなことないぞ!」
見惚れてしまっていたなんて言えるわけがない。
また視線を逸らして紺を見ないようにした。
「そうですか……ならいいんですけど……」
残念そうな顔をしながら窓の外を見ている。
その隙に、俺は変な誘惑を断ち切る為に紺から離れようとするが、中々上手くいかない。
それどころか余計に密着してしまう。
「あの……もう少しこのままでもいいですか?」
「え?」
聞き返すと、紺は言い直した。
「暑いとは思うんですけど、動けないのでこのままでもいいですか?」
「あ、あぁ、構わないぞ」
俺は戸惑いながら返答した。
この密着状態で更に近付いている気もする。
だが、断る理由もないからいいかと思い直した。
「「…………」」
それから数分後。
電車が大きく揺れてしまい、俺の方へと倒れ込んでくる紺。
「きゃっ……す、すみません!」
「大丈夫か?」
咄嵯に抱き留めると、紺が俺の身体にしがみつく。
やばい……柔らかすぎるだろ。
「し、シューチさん……その……」
「わ、悪い!!」
距離を取ることはできないが、すぐに手を離した。
危なかった、本当にもう少しで変な気を起こすところだった……。
それからしばらく電車に乗ることになったのだが、降りる時も俺たちは密着したままであった。
『えー春葉原、まもなく春葉原―』
そのアナウンスに助かったと思うも、心配事があった。
「上手く出られるかな」
「どうでしょう……」
満員電車だからな。
これからどう出ようかと考えていると——
「……えっ?」
——腕を組もうとする紺に、俺は戸惑ってしまう。
「え、どうしたんだ?」
「あの、こうしたら離れないで出られるかと思って」
いやいや、それだとくっつきすぎではないか。
そう思って別の提案をする。
「……手を繋ぐじゃダメか?」
「それだと引っ張られて痛いと思うので」
確かに、紺の手は華奢で俺が強く握ったら折れそうだしな。
それに倒れそうになっても支えやすいからな。
だけど、これはまずいだろ。
「…………」
俺はドキドキしながら紺を見るが、彼女は特に気にしていない様子だ。
……仕方がないのか? いや、そんなことはないはず。
だって俺たちは恋人ではないから。
だからって言って断れる雰囲気でもない。
……とりあえず我慢しよう。
「……わかったよ」
「お、お願いしますね……!」
諦めて、俺は腕を組むことにした。
こんなこと初めてだし、誰かに見られる可能性もある。
恥ずかしくて死にそうだが、何とか耐えることにして、腕を組んだまま一緒に電車を降りた。
「ふぅ……なかなかキツかったな」
「そうですね、ふふっ♪」
降りた後も何故か離れず、そのままの状態で歩き出す。
腕を組んで歩くという行為は普通の恋人同士みたいでドキドキしていた。
降りた後もそのままの状態で、無言で歩く。
「……あっ、ごめんなさいっ!」
「い、いや、俺も悪い」
腕を組んだままであることを忘れていた俺たちは距離を取る。
するとどういうことか、この後の会話が少なくなってしまった。
「い、行こうか」
「はい……」
気まずくなった空気のまま目的地まで向かった。
周りから見たらどんな関係に見えているんだろうか。
きっと微妙な関係の男女にしか見えないと思う。それに歳も離れてるしな。
そんなことを考えながら歩いていたせいか、また俺は余計なことを考えていたようだ。
紺が何か言いたげにこちらを見ている。
「な、なんだ?」
「くすっ、いえ……やっぱり何でもありません」
何を言いたかったんだろうか。
気になるが、訊いても答えてくれなさそうな気がする。
だけど、何故かこの距離感が心地良いとも感じてしまうのだった。
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