第31話 ストーカー

 三日前に紺から連絡が届いた。


『たくさんの荷物助けてください~(;;)』


 と、紺の自撮りが含んだ家の写真が送られてきた。

 文面とは裏腹に、さほど困っていない様子が伺える。


『〇〇日に行くから待っててくれ』

『了解しました♪ 色々準備して待っていますね』

『準備ってまたメシを作ってくれるのか?』


 少しだけ期待混じりに尋ねると、余計な返しがきた。


『それはもちろんですけど、もっと良いコトですよ……?♡』


 誘われている。

 まったく、自分が可愛いと思っている女はすぐこうだ。


『そっか』

『反応冷たくないですか!?』

『いや、真に受ける年齢でもないから』

『ヒドいです! 私が勇気を出して言ってみたのに!』


 紺的には少年漫画の主人公のように鼻血くらいは出して欲しいそう。

 そんな反応俺には無理だ。

 気持ちは嬉しいが、やっぱり年齢相応の反応ではないしみっともない。


「…………」


 スマホを見ながらふと思い出した。

 よく年上好き女子が口揃えて言う「同年代は無理w 年上の人が好き、だって落ち着いてるから~」っていうやつ。そいつは同年代から相手にされなかった“山から降りてきたイノシシ”だぞ、どこが落ち着いているんだ?

 もはや女に飢えて理性を欠いてる獣に過ぎない。

 お前は山の供え物になるつもりか?


「…………いや、素直に好意は受け取ろう」


 別に俺のことが好きってわけでもないだろう。

 雑念を取り払い、文字を打つ。


『変な勇気ありがとう、でもやりすぎは良くないぞ』


 俺はまともな大人なので年下女子を諭した。

 これでいいんだよな?


『はいっ、じゃあ待ってますからねっ♡』

『了解、でもちゃんと荷物を片付けにいくって目的を忘れるなよ』

『やっぱり冷たい……わかりましたぁ』


————————————————————————————————


 ……というやり取りが数日前にあった。


 そして、今日は紺の家に訪れる事になった。

 俺の風邪は治り、体調は完全に元通り。

 だから力仕事は任せておけ——と、そのつもりで来た。


「紺のやつ大丈夫かな」


 荷物のこととはまた別の心配があった。

 以前会った時、紺の様子が少しだけ変だった。

 俺はすっかりその事を忘れていて、当日になって思い出してしまう。

 毎日仕事ばかりで生きていると大抵のことは忘れてしまう。


「今日は何が食えるんだろうな……はっ、いかんいかん」


 また、別のことを考えてしまう始末。

 下心を隠せない自分の腹に自重した。


「気合い入れてメシを抜いてきたのがますがったな、俺としたことがみっともない……」


 マンションの玄関口に辿り着くと腹が鳴るので、自分の身体に説教をする。

 ここから鼻腔を刺激する匂いが漂っている気がしたからだ。確実に幻臭である。


 ところで今、紺は何をしているのだろう。

 料理をしているのだろうか、それとも配信の準備で忙しいのだろうか。


「ん……?」


 そんなことを考えていると、妙な女を見つけた。


「ねぇなんで出てくれないの……ねぇ、なんで、なんでなんでなんで……」


 強引に別れを告げられ未練たらたらな彼女さんみたいだ。嫌がらせと思うほどにインターホンを鳴らしまくり、相手の反応を待っている。


「どうして、ねぇなんで……うぅっ……」


 そんな女に対して俺はあまり同情できない、怖すぎる。彼クンからしたら「そういうところだよ!」と言う気持ちになる。

 まぁ、彼とはもう連絡が取れないのかもしれないが、せめて最後にお別れのメッセージくらいは欲しかったよな。なんて思っていると


「……あ」


 てか、そいつは見覚えのある女だった。

 見知っているというよりは一度見たという方が適切だ。幸薄いが、整った顔をしている女なので忘れるはずもない。


 俺にとって、関わりたくない相手。掛川美也子、紺のマネージャーだった。


「…………」


 俺は咄嵯に隠れる。

 ネットアイドルの家の前でウロチョロしてる所を見られれば、変な疑いをかけられかねない。


「えー全然出ない、なんで、なんで……? 私のこと嫌いになっちゃった……?」


 そりゃあ嫌われるだろうよ。

 ベルも鬼のような連打を加えられて壊れそうだ。管理人さん早くこっちにこい。


 だが、彼女は何やら焦った様子だった。

 時計を見ては資料を眺めている。


 何か用事があるのだろうと察し、彼女の動向をひっそり見守る事に決めた。

 きっと紺に用事があることはわかるが、そのうち帰るだろう。

 こんなところで、見つかるわけにはいかない——


「あの……菊川さんこんな所で何をしているんですか……?」

「うげっ!?」


 ——と思ったらすぐに見つかってしまった。

 なんでだと思っていると、彼女の方から答えてくれた。


「なんだ……怪しい足音がしたので近寄ってみたら貴方だったとは……」


 足音なんか立てたハズもないのだが、一つだけ反論しないといけない。


「俺は一切怪しくない」

「……そういう事言う方が怪しいってご存知ではないのですか?」

「お前こそ怪しげな行動しているクセによくもまぁそんなことを言えるもんだな」


 だが、掛川は気にする素振りを見せず俺に尋ねてきた。


「それでどうしてここにいるの? まさかコンちゃんのストーカーとか言わないですよね……?」

「し、失礼な! ちゃんとした理由があるんだよ! ……あっ」


 紺の名前を出されてギクリとしてしまい、余計な発言をしてしまった。

 すると、次第に掛川の顔色が青ざめていく。


「えっ、コンちゃんと会う予定があるの……? え、聞いてない……」


 しまった……慌てて紺と会うことをバラしてしまった。

 掛川はこちらに詰め寄って尋ねてくる。


「ねえ、なんで貴方なんかがコンちゃんに近寄るの? 一体どういう関係? ねえ……!?」

「ただの知り合いだよ、おい、離せ……っ」


 ……痛い。

 俺の胸ぐらを掴んで揺さぶってくる上に、言葉に全然耳を傾けてくれない。


「ただの知り合いが女の子の家にくるの? おかしいでしょ……!?」


 ぐうの音も出ない。だが、俺にはやる事がある。


「今回はたまたまっ……あいつの手伝いに来ただけだよ……! 前も買い物の手伝いしてただろ、な?」


 すると手を離し、落ち着いたトーンで聞いてきた。


「じゃあなんでコンちゃんは出てくれないの……? 私がなにかしたって言うの……?」


 知らんがな。お前がこんな怖い真似をするからだろうが。

 しかし、紺がこういうあからさまな態度を取るだろうか。せっかく家に呼んだなら出ればいいものを……。


「……てかアンタも紺の手伝いに?」

「いや……全然違う用事だけど」

「紺は知ってるのか?」


 掛川に尋ねてみると首を傾げながらも頷いた。


「知ってると…………思う、多分……」


 この言い方はヤバい。

 本人は知らないんじゃなかろうか。


「ちゃんと連絡は取ったのか?」

「もちろんよ、2時間前くらいにちゃんと送ったし。既読は付かなかったけど……そうよ、私が来たのに出ないなんて……絶対に何かあったに違いないわ……」



 コイツ絶対に仕事出来ない奴だ、発言が物語っている。


「まぁいいや、せっかく来たのに手ぶらで帰るのもなんだろうし電話してやるか」

「一人暮らしだから倒れてたらどうしよう、まさか変な男におしかけられてて……!?」


 俺の思惑とは裏腹に、勝手な妄想が進んでいる。

 ひとまずスマホから電話をかけてみるとーー


『はーい♪』


 ワンコールで紺が出た。

 今日も可愛い声である。


『なんだ元気じゃないか』

『元気ですよー? あ、ところでさっきから何度もインターホンを鳴らすのはシューチさんですか?』

『俺がそんな頭のおかしな真似すると思うか?』

『それはないですね〜私不審な訪問販売とかは絶対に出ないタイプなので♪』


 この言葉を聞いたら掛川は泣くんじゃないだろうか。

 まぁ、これは女が身を守るための常識だからな。


『……あ、とりあえず扉開けますねっ』


 するとエントランスのドアが開く。


『少しだけ準備に手間取っているので、私の部屋のドアの前で待っていてくださいねっ』

「あ、開いたっ……! コンちゃんっ!!」


 彼女の言葉を聞かないで掛川はさっさと行ってしまう。

 止めるべきだと思ってすぐに追いかけた。


「おい待て、すぐに行っても入れないぞ」

「今もコンちゃんが助けを求めていたらどうするんですか!?」

「さっき電話に出たから……っておい、本当に待て」


 エレベーターは待てないと言わんばかりにさっさと階段を昇っていく。どこにそんな体力があるのやら。いや、マジで追いつけないぞ。この社畜の俺が体力で負けるなんて……ま、まさか彼女の体力が俺の体力を上回っている……?

 つまるところ掛川もまた俺と同じ社畜。

 俺より遥かに働いていて、俺より遥かに走り回っている。

 ……ただ、それだけの差だ。


「くそっ! 止めなくちゃいけないのに……!」


 掛川に追いつくのは結構大変な上に、息も上がり辛くなってきた……だがここで諦めたら一生彼女に追いつけない気がした。


「負けるか……あぁぁぁ!!」


 いつの間にか今日の趣旨が変わっている気もしなくもないが、とにかく階段を駆け上がる。だが——


『きゃあぁあぁぁぁあぁぁぁ——ッ!?!?』


 紺の悲鳴だった。

 くそっ、間に合わなかった……。

 きっと掛川が辿り着き、部屋の扉を開けてしまったのだ。

 しかし、今の掛川が紺に何をしでかすか分かったモノじゃない。


 汗だくで息も絶え絶えだった俺だが、とにかく紺の元へ向かった。


「紺んんーーッ!!」


 ガチャッと扉を開ければ、そこには——


「……へ?」


 そこには確かに掛川の姿もあったが、それよりも紺の姿だ。

 驚きのあまり尻餅をついて、服がはだけているが……その服も何故かチャイナ服だった。


「あ、あ、シューチさん……!?」


 いや、それよりも何故こんな部屋着なんだ?

 彼女の性格ならばこんな服は絶対に着ないだろう。


「ど、どういうことだ……っ?」


 訳が分からず混乱していると、顔を真っ赤にした紺がまた叫んだ。

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