第7話 なんでいるんだよ

 ビルを出るとなんか面影おもかげのある女がいた。


「あっ、シューチさんお疲れ様ですっ♪」


 それは紛れもないこんであった。

 今日の私服は胸元が大きく開いたワンピースだ。

 なんというか大人っぽい雰囲気がある。


「お前なにしてるんだよ」

「配信がちょうど終わったから来ちゃいました!」


 なるほど、後でアーカイブを確認せねば……いやそうじゃない。


「なんでこんな所にいるんだよ」

「だってシューチさんが家にいないから探し回っちゃいました……」

「だからってこんなところまでくるなよ、普通いなかったら帰るだろ」

「事故に遭ってたらどうしようかって思うじゃないですか」

「俺は帰宅の遅い中学生か?」


 俺はぶつぶつと文句を垂れる。

 だが、紺は開き直っていた。


「えへへ、来ちゃったものは仕方ありません」


 仕方なくはない。

 知人の会社に凸するのは社会人としてどうかと思うぞ。

 いや、配信者なんて社会に馴染めない日陰者ひかげものが行き着く先だ。

 そもそもストーカーをしている女だからな……


「って、なんで俺の職場を知ってるんだよ」


 家ならわかる。差し入れで住所が特定されているのだから。

 だけど、流石に職場はないだろう。


「? 私はシューチさんの事は何でも知ってますよ?」

「……はっ!」


 俺はどうして忘れていたのだろう。

 彼女に弱みを握られていることに。


「まさか、お前……」

「はいっ! シューチさんの個人情報は私の手の中です♪」


 以前、紺に俺のゴミを漁られていたのだ。

 だけど、ここに大きな問題がある。

 彼女に見られたのがヤバいものではないかという疑念。


 会社から良く言われていた。

 家に仕事を持ち帰るなら、機密情報はシュレッダーにかけて処分しろと。

 だが、俺は面倒くさいという理由で守らなかった。

 その結果がこれだ。


「絶対に誰にも言わないでくれ……」

「へ、何がですか?」

「頼むッ!!」


 俺は恥も外聞もなく地面に頭を擦り付ける。

 こんな屈辱的なことは無い。

 でもこの秘密だけは絶対にバレたくない。


「俺が会社の情報をシュレッダーにかけずに捨てていたことを……ッ!!」


 思い返せば、捨てた書類の中にはヤバイものが混じっている。

 それがもし漏洩すれば俺は破滅する。

 そんな危機的状況だというのに、彼女はきょとんとした顔を浮かべるだけだった。


「えっと、シューチさん? 大丈夫ですよ?」

「……はい?」

「だって、そういった類の資料はちゃんとシュレッダーにかけておきましたから♪」


 にっこりと、屈託くったくのない笑顔で——


「どれだけ炎上や不祥事ふしょうじを見てきたと思っているんですか、その辺りは他の女の子よりも強いですよ♪」


 そう告げた。彼女の言葉には力強いものがある。

 だから、情報は全て紺の頭の中だけだと。

 いや、それはそれでヤバイのだが、俺は感極まってしまった。


「こ、紺ちゃん……っ!」


 思わず抱きしめ頭を撫でそうになったが、我に還った。


「……まぁ、人の個人情報を探ろうとする行為は良くないと思うがな」

「そうですよね、ごめんなさい」


 謝れてえらい!

 あおりとも呼べるVTuberというコミュニティの美点「肯定の文化」が、ここで初めて発揮された瞬間である。


「……それで今日はどうしたんだ」

「忘れたんですか、またご飯を作るって言ったじゃないですか」

「あぁ、そうだったな……」

「つ、作らせてくださいっ!」


 ぐいっと距離を詰めてきた。

 でも……くそ、今日も可愛い。

 つい忘れそうになるが、こいつはただのストーカーだぞ。

 恩返しを口実に人の家のゴミ箱を漁るヤバイ奴。

 まぁ、ヤバイ奴が配信で人気出るのが普通だけれども。


「だめ、ですか……?」

「うっ」


 眼で訴えてきた。俺はこれに弱い。

 料理の腕は確かだし、何より俺のために作ってくれるというのだ。

 一応、約束はしていたし……断る理由なんて無いよな。


「わかった……とりあえずここで話すのはまずい、行くぞ」

「あん♡ シューチさん乱暴なんだから……」

「うるさいやめろ」


 どんな形であれ、19歳と30過ぎのオッサンが絡んでいるのは、端から見たらどう見えるのか。

 むろん、良いわけがない。

 俺はなるべく人目を避けながらその場を去った。

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