第8話 厚木夢羽

 その日の夕方、紺と一緒に近所のスーパーへ晩御飯の買い物に出かけた。

 新居に引っ越してきたばかりということもあり、手料理で簡単なお祝いをしようという話になったのだ。


「シューチさん、今日の晩御飯は何にします?」

「いや、お前の好きなものでいいよ。」

「そう言うと思いました! じゃあチャーハンにしましょう! チャーハンならいっぱい作っておけば明日も楽できますしね♪」


 紺が笑顔でチャーハン用の材料をカゴに入れていく姿を横目で見ながら、俺はふと新生活の実感をかみしめた。

 とはいえ、新しい生活には新しい不安もある。

 管理人の相模さんの謎めいた態度も引っかかっていたし、このマンションにはまだ知らない何かが潜んでいる気がしてならない。


 買い物を終え、重い荷物を持って帰宅する途中のことだった。

 マンションに入るや否や、階段前で一人の女性と出くわした。


「こ、こんばんは~?」


 元気いっぱいの声に、紺と俺は足を止める。

 その女性はゴスロリ風の服装をしていて、黒いフリルに覆われたドレスがやけに目を引く。と思ったが、よく見ると何やら傘のようなものを持ち、頭には派手なリボンをつけていた。


「……ゴスロリ?」


 思わず俺が呟くと、彼女は胸を張って大きな声で答えた。


「違うわっ! 私はこのマンションを守る魔法少女、厚木夢羽です! よろしくねっ!」

「えっ、あ、どうも……よろしくお願いします」


 俺と紺は何とも言えない表情でペコリと頭を下げた。

 引っ越し先で早速変わった人に出会ったな、というのが第一印象だった。


「あなたたち、このマンションに引っ越してきたんだね? 名前はなんていうの?」


 俺たちも軽く自己紹介を済ませる。

 妙なトラブルを起こさない為に、紺が配信をしている事は言わなかった。


「ふふ、新しい住人が増えるなんて素敵! これでまた結界の力が強まるわ……!」

「け、結界?」


 俺の問いに、夢羽は「ふふん」と得意げに杖を掲げた。


「そう! 私の闇の力でこのマンションを守っているの! 怪しい者が入らないようにね!」

「どうやって?」

「それはこのマジカルステッキ・アンブレラを駆使してね……」


 すると、夢羽は傘のスイッチを押す。

 何かエフェクトがあるのかと思いきや、ただ傘が広がるだけだった。


「雨が降るのか?」

「そうね……これから闇の帳が降ろされる、戦いの合図よ」

「何を言っているんだお前は?」


 話が全く通じていない。

 どうやら彼女はかなりの厨二病らしい。

 だが、紺は目を輝かせて「すごいですね~!」と感心した様子で話に乗っている。


「紺、お前そういうの好きだったっけ?」

「いえ、でも面白いじゃないですか♪」


 紺が楽しそうに笑う横で、俺はどう返せばいいか分からずにいた。

 すると、夢羽が紺にじっと目を向けてきた。


「あれ、貴女、どこかで会ったことあるかしら……?」

「え?」


 紺は驚いたように首をかしげる。


「いや、たぶん初めましてだと思いますけど……?」

「うーん、そうかしら……でも、どこかで見た気がするのよねぇ」


 少し考えた後、彼女は「まぁいいわ」と思考を放棄した。

 そして、真顔になり少し声を潜めた。


「……それより、夜は気を付けた方がいいわよ」

「えっ、それってどういう意味ですか?」


 俺が尋ねると、夢羽はニヤリと笑った。


「それは、引っ越し祝いのサプライズみたいなものと思っておいて。きっと楽しめるわ」


 まるで期待させるような口ぶりだが、俺には何か不吉なことを匂わせているようにしか聞こえなかった。


「アンタも被害に遭ったのか?」


 少し鋭い口調でそう聞いてみると、夢羽は急に杖を構え、闇の力がどうとか言い出した。


「私の力で結界を張っているから、私は無敵なの」


 真剣なのか冗談なのか分からない言動に、俺は深いため息をつく。

 紺は相変わらずニコニコと笑顔を浮かべていて、どうやらこの状況を楽しんでいるようだった。


 夢羽はしばらく紺の顔を見つめた後、思い出せないとでも言うように肩をすくめた。


「まぁいいわ。それよりも、このマンションの平和を守るために、私の結界を壊さないようにね!」

「は、はい……気をつけます!」


 紺はなぜか素直に答えている。

 おい、これ以上変な世界に足を突っ込むなよ。


「それじゃあ、私はパトロールに戻るわね! 闇の力が呼んでいるから!」


 夢羽は意味深に笑うと、くるりと回りながら去っていった。

 その後ろ姿を見送りながら、俺は深い溜息をついた。


「変な奴だな……」

「面白い人ですよね! 魔法少女だなんて夢があります!」

「お前、本当にそう思ってるのか?」

「普通の人ですよ♪ ちょっとコスプレが趣味なだけで、きっと良い人です!」


 紺が明るく答えるのを聞いて、俺は「そうか」とだけ返す。

 彼女がこういう部分を楽しめるのはいいことだが、俺はどうしても現実的な視点で見てしまう。

 まぁ、少なくとも敵意はなさそうだし、ひとまず気にしないでおこう。


「それにしても、どこかで見たことがあるなんて……私、本当に彼女に会ったことあるんですかね?」


 紺が首をかしげながらつぶやく。


「どうだろうな。まぁ、VTuberとして活動してたらどこかで接点があったのかもしれないけど」

「そうかもですね~。でも夢羽さんほどの人なら印象に残らないハズがないですっ♪」

「お前、自分でそう言うか?」


 紺が冗談めかして笑うと、俺もつられて口元が緩む。


「まぁ、あんまり気にすることもないだろう。とりあえず、帰って晩御飯でも作るか」

「そうですね! シューチさん、今日のオムライスは一緒に作るんですからねっ♪」

「え、マジで……あれ、チャーハンじゃなかったっけ?」

「気が変わりましたっ♪ 私が教えてあげますからしっかり学んでくださいね♡」


 そんな何気ない会話をしながら、俺たちはマンションの階段を上がり始めた。

 だが、その背中には、夢羽の「気をつけてね」という言葉がどこか引っかかっている俺がいた。


 本当にただの冗談だよな……?



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いつも読んで頂きありがとうございます。

体調不良で予約更新できなかったので、急いで書きました。

ギリギリ本日中には更新できました♪


最近、他のVTuberネタの小説も書いてますので、もし良かったらご拝読よろしくお願いします!そちらはちゃんと毎日欠かさず更新されますw

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